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{{otheruseslist|人間の社会性・人格|[[法律]]上の人間|人 (法律)|[[生物学]]における人間|ヒト|ヒトの[[進化]]|人類の進化|その他の用法|人間 (曖昧さ回避)}}
{{Wiktionary}}
'''人間'''(にんげん)とは、[[社会]]的なありかた、関係性、[[人格]]を中心にとらえた「ひと」のことであるんや。また、その存在のありかた全体を指すこともあるんや。
== 概説 ==
関係性に着目するために「人 - 間(あいだ)」ちう名称があてられはったとされておる。人間は「社会にあるひと」を指す言葉であるんや。また「人間」と書いて「世の中」「世間」ちう意味にもなる[出典:広辞苑]。この場合「じんかん」とも読み[[明治期]]までは「人間(じんかん)に交わる」といった表現もよう使われたちうわけや。人間の社会に属さへんヒトは一般に[[野人]]とも呼ばれ、人間の範疇の外にあると考えられはる[18世紀フランスで発見された[[アヴェロンの野生児]]を始め、人間の親に育てられへんかった[[野生児]]([[:en:Feral child]])が各地で見つかることがあるんや。]。
[[アリストテレス]]は人間を指して「[[社会]]的動物」と呼んや。人間については、古くさかい哲学者らによって考察されとったちうわけや。
短く「人」とぬかすことで「人間」を意味するっちうことも多い[「人」ちう漢字には、二つの存在がささえあっておる様子が描かれておる、ともいう。]。
人間はしばしば'''人物'''(じんぶつ)と呼ばれる。また、特筆すべき著名活動を行っておる人間のことを特に'''有名人'''(ゆうめいじん)せやなかったら'''著名人'''(ちょめいじん)と呼ぶ。
人間の心身の本質についての、哲学的考察から近・現代の実証的な研究まで「'''[[人間学]]'''」と呼ばれておる。こらもともと、宇宙、世界のなかでの人間の位置づけ、[[人体|人間の身体]]、気質、[[精神]]、[[魂]]やらなんやらの在り方を研究するもんである
== 人間観の遷移 ==
=== 旧約聖書 ===
[[旧約聖書]]では、ずぅぇえええぇぇええんぶは[[神]]ちうフィルターを通して語られておるが、ほんではいっぺんに人間観や[[世界観]]が語られておる。殺人、不倫、近親相姦、大量殺人、権力抗争といった(聖なる書物とは思えへんような)人間の赤裸々な姿が描かれており、それらの描写やドラマは、数々の芸術作品のモチーフともなってきた歴史があるんや。[土井かおる『ようわかるキリスト教』p.29, PHP研究所, 2004, ISBN 456963494X]
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創世記には以下のような記述があるんや。
:「'''うちらにかたどり、うちらに似せて、人をつくりまひょ。ほんで海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うもんみなを支配させよう」神はごオノレにかたどって人を創造されたちうわけや。神にかたどって創造されたちうわけや。男と女に創造されたちうわけや。'''([[創世記]] I章26-27)
旧約聖書よりどエライ昔の時代、[[古代エジプト]]や[[バビロニア]]においては、あくまで王だけが神にかたどってつくられはった、とされてて、人間全体がそうやとはされていへんかったちうわけや。それが創世記においては、人間はずぅぇえええぇぇええんぶ神にかたどってつくられはった、されたさかいあるんや。ゴチャゴチャゆうとる場合やあれへん、要は、身分や性別に関係なく、人間やったらどなたはんであっても神性を宿しておる、ちう人間観が述べられておるのであるんや。[土井かおる『ようわかるキリスト教』p.38]また、ここでは人間が自然や動物の支配者とされておる。自然や動物を支配したり管理したりしたろおもてする西洋的自然観(人間観)は、この創世記の記述の影響を受けておる[土井かおる『ようわかるキリスト教』p.38]、とも言われる。
=== 古代ギリシャ ===
[[ソクラテス]]、[[プラトン]]、[[アリストテレス]]らによって構築された人間観は、人間の普遍的特質に関心を集中させておる。[ビショフベルゲルによれば、近現代に見られはるような、具体的な犯すべからざる個人としての人間といったもんやおまへん。([[尾崎和彦]]『生と死・極限の医療倫理学』創言社, 2002, p.264)]
=== キリスト教 ===
[[キリスト教]]では、すでに説明した、旧約聖書の創世記で示された「神の似姿」ちう考え方が継承されたちうわけや。キリスト教に基づく倫理観では、いっちゃん大切なんは(やまと人のようけが考えておるような「他人の眼」やのうて)神の眼、神の視点である[土井かおる『ようわかるキリスト教』p21]。さらに、4~5世紀の神学者[[アウグスティヌス]]によって[[原罪]]の思想が始められはったともされ、こらその後西方教会においては重要な思想となりよったちうわけや。[アウグスティヌスよりどエライ昔には原罪ちう思想はようわかるようにはへんかった、また東方正教会にもへんかった、とされる。(土井かおる『ようわかるキリスト教』p.20)] キリスト教では、[[イエス・キリスト]]を媒介として、あらゆる人間の[[平等|同等の価値]]と各個人の不可侵性が強調されたちうわけや。[[中世]][[ヨーロッパ]]においては、人間が宇宙の中心的存在であるちう人間像が席巻したちうわけや。[尾崎和彦『生と死・極限の医療倫理学』創言社, 2002, p.264]
=== 中世~近世 ===
1400年代~1500年代のころになり、[[ガリレイ]]・[[ケプラー]]・[[ニュートン]]らの活動によって新たな世界像が提示されるようになると、人間が宇宙の中心であるちう図式が揺らぎはじめたちうわけや。また、デカルトによって[[人体|人間の身体]]まそやけど、化学的、物理的組織やとする視点が広く流布されるようになりよったちうわけや。[せやけど、デカルトは[[心身二元論]]を採用しつつ、人間と動物をはっきりと区別したちうわけや。尾崎和彦『生と死・極限の医療倫理学』創言社, 2002, p.264]
1700年代になると、[[ラ・メトリ]]がデカルトの能書きを継承し「人間機械論」を発表。1800年代には[[チャールズ・ダーウィン|ダーウィン]]が[[自然選択]]に基づく[[進化論]]を唱え、動物と人間との境界を取り払いはじめたちうわけや。[尾崎和彦『生と死・極限の医療倫理学』創言社, 2002, p.264]
=== 現代 ===
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今日の生物学は自然選択説も含めた[[進化|生物の進化]]を基盤として成り立っておるため、先進国の知識人や自然科学者やらなんやら、現代生物学を受け入れておる人々は、うちら人間は猿からネズミのような姿をしとった祖先生物、さらに遡れば単細胞の微生物から進化してきたと見なしておる。けぇへんな観点を端的に表現した能書きとしては、[[社会生物学]]の「[[利己的遺伝子]]」の能書きやらなんやらが挙げられはる[[[リチャード・ドーキンス]]の著『利己的な遺伝子』で広く知られはるようになりよった)]。
現在、人間の[[学名]]は「'''ホモ・サピエンス''' ''Homo sapiens''」(知恵のあるヒトの意)で、やっぱり[[言語]]や[[文化]]やらなんやらの(生物学的存在以上にようけの)側面を備えておるとされておる[生物学的観点だけで人間のことを探求し記述したとしたかて人間のことを把握したことにはやったらへんゆうことであるんや。せやけど社会学やらなんやらの、文化的側面が生物学的側面と独立しておる、せやへんかったら対比的であるちう前提については[[E.O.ウィルソン]]「知の統合」やらなんやら批判がある]。この学名といっぺんに作られはった名に「[[ホモ・エレクトゥス]](直立するヒト)」「[[ホモ・ハビリス]](器用なヒト)」(以上は生物学用語)ちうのがあり、後に'''社会面から捉えられはった'''「ホモ・○○○(~するヒト)」といった[[造語]]の元となりよったちうわけや。遊びに目を留めた[[ホイジンガ]]の『ホモ・ルーデンス』、「[[ホモ・エコノミクス]](経済人)」やらなんやらはその典型であるんや。
せやけど、人類全体ではダーウィン風に考えておる人は今でもじぇったいしも多数派ちうわけやのうて、例うたら[[アメリカ合衆国]]やらなんやらでは伝統的なキリスト教の世界観および人間観を保ちつづけておる人のほうがむしろ多数派であることやらなんやらも知られておる。
かつては、人間自ら最も進化した生物として「万物の霊長」と称しとった時代があったが、皮肉なことに[[大量殺戮兵器]]を使用した世界レベルの戦争は人間の知能の所産である[[科学技術]]が自らに牙を剥きうる事を如実に示したちうわけや。また人間は[[産業革命]]の時代から続いた大量消費によって[[自然カンペキに破壊]]、[[環境問題]]やらなんやらを引き起こしておる。今も、人間のあなあかん姿は問い続けられておる。
==教育と人間==
『[[論語]]』の陽貨篇第十七には右翼のように書かれておる。「子曰く、性、相近きなり。習い、相遠きなり」 (師は言われたちうわけや。人間は、生まれつきの性質は同じようなもんであるが、習い([[教育]]、[[しつけ]])によちう、大きく異なってゆくもんや」
[[ジャン=ジャック・ルソー]]は「植物は耕作によりつくられ、人間は[[教育]]によってつくられはる」と述べたちうわけや。
[[カント]]は『教育学講義』において「人間が人間となることができるんは、教育によってであるんや」と述べたちうわけや。
現代でも日常的に「人は[[教育]]によって人間になる」「人は教育によちうのんみ人間となる」「しつけと教育によって人間になる」「教育によってヒトが人間になる」 といったことがようけの人々によって言われつづけておる。
== 性質 ==
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人間の特徴として、[[社会]]を形成する傾向、[[文化]]を持っておること、[[言葉]]を使うことやらなんやらが挙げられはる。
人間は[[文字]]や[[言語]]を抽象的な[[シンボル]]([[象徴]])として扱ったり、論理思考([[論理学]])を行い、多様な事象に様々な解釈を行う。ようけの研究者の主観では[[知能]]は[[地球]]上のみなの生物の中で最も高度であると考えられておる。
[[好奇心]]や知識欲は比較的旺盛で、そのようけは少なからず自身の関心事に対して「[[学問|知ること]]」と「[[思考|考えること]]」を好む性質も見られはる。一般的には、様々な意味で人間自身が最も人間の関心を引くようであるんや。
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人間には、知識だけでなく、自らの[[精神]]や[[心]]にも用心を向ける個体がおる。「心のありかた」や感じ方そのもんを探求するだけでなく、それを自ら積極的に変革する努力を行うこともあり、例うたら[[瞑想]]や[[内観]]やらなんやらを行うこともあるんや。[[宗教]]体系を持ち、それによって生活様式を整えておる人間も多い(例うたら[[アブラハムの宗教]]の信者だけでも30億人を超えておる)。
[[道具]]を作り利用する能力が他の生物よりも長けておることも挙げられはる。現在では[[機械]]装置といった高度化した道具を作り利用する事で、ほぼ他の生物が生存不可能な極限環境でも生活するっちうことができるまでになっておる。せやけど極限環境での生活は一般に負担が大きいため([[コスト]]等)、大抵は着衣のみの調節で生活可能な地域に分布しておる。
== 歴史 ==
{{main|世界の歴史}}
現生人類は、[[アフリカ]]で生まれ、その生息範囲を次第に広げ、中近東を経由してヨーロッパやアジア、さらに[[氷河期]]やらなんやらの気候の変動も影響して[[南アメリカ]]まで到達したちうわけや。6000-5000年前にもなると、世界の様々な地域で[[農業]]が始まり、いっぺん期に[[文明]]が発生したちうわけや。ほんで、文明は範囲を広げ、現代ではヒトはそのほとんどが文明の下に暮らすようになっておる。(初期の文明としては[[ナイル川]]、[[ユーフラテス川]]、[[インダス川]]、[[黄河]]流域に発生したもんが有名ではあるが、これらの地域のみで文明が発生したとする「[[世界四大文明]]」ちう能書きはほぼ否定されておる)。
== 生活 ==
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その生息地域は極地を除くほぼみなの地域であるんや。特にアジアやアフリカに集中しておる。その中でも[[インド]]や[[中華人民共和国|中国]]の[[人口]]が特にようけ、およそ三分の一を占める。
生活は[[民族]]間の差異が大きく、その中でも[[気候]]で暮らし方がちゃう。例えとしてみれば、[[やまと]]では、[[沖縄県|沖縄]]やらなんやらの[[亜熱帯]]気候では服が薄く、食べ物も暑さに負けへんようなもんが多いが、対して[[北海道]]では服を厚く着込み、食べ物は[[炭水化物]]やらなんやらが多なる。
そやから、各地域ごとにそれを探るのが適当であるが、きょうびは[[ヨーロッパ]]、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]から派生した生活が主流となってきてて、違いが少なくなっておる面もあるんや。せやけど、古くさい生活を大切にしようゆうスローライフ運動ちう運動も盛んとなり、また灯りによって夜間の活動が活発になるにつれ、生活習慣は個別化しておる。
== 人間の特徴と人間論 ==
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人類を他の生物種から際立たせる特徴は幾つかあるんや。最もようかつ古くさかい指摘されるもんは[[言語]]の発達使用と[[思考]]の能力であるんや。知性をもつ生物は人間以外にもあるちう指摘はあるが、言語の使用が人間が発達した[[社会]]をもつことを可能にした事は確かやりまひょ。社会は大抵の場合人間相互の支配関係によって特徴付けられはるため、古くさかい支配と[[権力]]の形態により社会を分類するっちうことが行われてきたちうわけや。
言語は[[コミュニケーション]]能力として社会の基礎を与えるだけではおまへん。人間は世界を把握・言語化しそれを操作して快適さを追求し、また、外界の変身を行っておる。また、人間は自らについて考察を行う。人間は古来より人間自身の思考の対象としてきたちうわけや。人間と人間自らの行為を考察の対象とする[[学問]]には、[[倫理学]]、[[歴史学]]、[[考古学]]、[[人文地理学]]、[[文化人類学]]、[[人間学]]、[[心理学]]やらなんやらがあるんや。
一般的ではおまへんが、[[自我]]の発達が[[人格]]や[[アイデンティティ]]の形成に繋がり、人間らしさを特徴付けるちう考えもあるんや。
=== 人間と遊び ===
人間はその社会において、生存に必要な消費物を余剰生産する段階にまで入っておる。この余剰生産分は、非生産的な活動に従事する人間に供される。これら非生産的な活動は、なんちうか、ようみなはんいわはるとこの[[遊び]]と呼ばれる活動であるが、人間は余暇を遊ぶことで、更なる生産性の維持を可能としておる。
この余暇を生み出す生産性によって維持される'''遊び'''は、なんちうか、ようみなはんいわはるとこの文化と呼ばれる人間を人間たらしめておるええトコの原点であるともされ、また、ようけの人間は[[趣味]]と呼ばれる非生産的な活動様式をもっており、自身の生活を購う[[労働]]とその生産物を消費する活動とは別に、この趣味を行うことを求めておる。
動物では'''遊び'''を通して自身の能力を開発する様式を持っておるが、こら[[成長]]の上で実利的な意味を持つんに対して、人間の遊びは実利的側面が無い場合も多い。人間の遊びや趣味は生物的に成熟した後でも続けられ、特に社会的な価値観(→[[常識]])においては、趣味が有る人間の方が尊重される傾向すら見られはる。
なお、人間は[[貨幣経済]]によりその生産力を[[貨幣]][[単位]]に換算し、この単位を消費するっちうことで'''遊ぶ'''ことが出来よる。
人間を活動面から特徴付けておる要素として、この'''遊び'''に注目する学問も多い。ねちっこくは[[遊び]]の項を参照されたい。
== 人間の線引き ==
{{出典の明記}}
=== 人同士の差別 ===
近代よりどエライ昔の言語では、やまと語の「人間」に相当する表現が、現在の「自由人」の意で用いられ、筆者自身はそのことを意識さえしておらへん、ちうこともあったちうわけや。ゴチャゴチャゆうとる場合やあれへん、要は、[[奴隷]]や[[農奴]]やらなんやらの存在が自明当然のこととして扱われ、人間とぬかす時に彼らが除外されとったことがあるんであるんや。一部の文献の解読に際しては用心せなやったらへんことであるんや。
また、かつては各国において、他民族を排斥する時やらなんやら、相手の民族を貶めるため、「彼らは人間ではおまへん」「野生の動物であるんや」やらなんやらとする発想や表現が存在しとったちうわけや。今日ではどエライ忌避される発想ではあるが、こへんな風な考え方がありふれとった時代もあるんや。[勿論その時代にあってもようけの場合は相手も同じ人間である(理解し合うこともできるし、ボウズも作れる)ちうことを理屈の上では理解しとったやりまひょ。せやけど感情的に同類と見なすことがでけへんかったさかいあるんや。]その後、[[人権]]思想も広まり、こへんな風な差別的な考え方、[[人種差別]]的な考え方は現在では世界的に嫌悪されることがようけなり、公に表明されることは少なくなりよったちうわけや。現代では文字通り非人間ちう観念はなく表立って表れることはへんが、[[ナショナリズム]]やらなんやらが絡む問題では[[レトリック]]として他民族・他人種を動物に擬する、せやなかったら結びつける言葉が飛び出すことがあり用心を要する。'''[[個人攻撃]]'''も参照。(もっともっともっとも[[第二次大戦]]後は[[ナチズム]]の反省もあり大規模な傾向は減ちびっとておる)
やまとでの問題としては、[[被差別部落民]]を指し「[[非人]]」と称しとった事があったちうわけや。「人非人」ちう表現もあったが人であって人に非(あら)へんし、とぬかすんは矛盾しておるため人ちう言葉はここでは2つ、生物学的な人と(オノレたちの)社会に入ってへん人を使い分けとった事が窺える。[[[養老孟司]]『死の壁』新潮社、2004年、90~94項]。
=== 様々な基準と能書き的な戯れ ===
人間の基準のひとつとして社会性が挙げられはることが多いが、他にも文化の継承ちう観点から人間を把握するっちうこともあるんや。一般に「人間」ちう言葉は生物学的なヒト[ヒト科ヒト属に属するヒト]以外を指すことはまず無い。こら文化を(部分的にやのうて、包括的に)継承し得るんはヒト以外には無いためでもあるんや。
知能を備えていれば人間とする考え方も古くさかいあったさかい、今日のようにコンピュータが普及し[[人工知能]]も徐々に実現してくると、どこまでが人間でどこまでが機械装置か、ちうテーマも浮上してきたちうわけや。それに関する哲学的問答が存在しておる(→[[チューリング・テスト]])し、そういったテーマを織り込んやSF作品(フィクション)もきょうびでは少なへん。
また主として[[サイエンス・フィクション]]やらなんやらのフィクション類をよう読む若者世代の一部やらなんやらに、空想を逞しくし、なんちうか、ようみなはんいわはるとこの「宇宙人」やらなんやらも絡めた上で人間の線引きを話題にする者もおる。[''もしも'' 地球外生命、異人類が存在し、''もしも'' それが独自の文化や社会(なんちうか、ようみなはんいわはるとこの[[宇宙人]]、[[宇宙文明|地球外文明]])を形成しとったとした場合には、「どの段階から人間として尊重すべきか?」「彼らがその形質上において地球上の生物とは異なる存在やろうとも、その何等かの特徴を持って人間として扱うべきではおまへんか?」「ヒトちう動物の中の一種族のみが人間と言えるんか?」「文化や知能が一定レベル以上やったら人間と見なしたかてよいのやおまへんか?」やらなんやらちうことを大真面目に考えたり議論したりしておる者たちもおるちうことであるんや。[[サイエンス・フィクション|SF]]作品(あくまでフィクション)では、うちらの考える所の人道と同じ能書きを共有出来よる生命やったらばそら即ち人間であるんや、やらなんやらとして物語を展開するっちうことやらなんやらは多々見受けられはる。]
== 脚注 ==
{{reflist}}
== 関連項目 ==
{{Commons&cat|Homo sapiens|Homo sapiens}}
* 視点
** [[人間科学]]
** [[人]](法律)
** [[ヒト]](生物学)
** [[人間工学]]
* ありかた、ありさま
** [[人間性]]
** [[生活]]
** [[歴史]]
** [[世界の歴史]]
** [[国の一覧]]
* 行動
** [[人間関係]]
** [[人間行動学]]
** [[人間行動生態学]]
* 関係性
** [[恩送り]]
* 写真
**
*擬似人間
** [[人造人間]]
** [[ロボット]]
{{DEFAULTSORT:にんけん}}
[[Category:人間|*]]
{{Link FA|id}}
{{Link FA|eu}}
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