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[[画像:Yatai45.jpg|250px|thumb|right|盆踊りの的屋の様子]]
'''的屋'''(てきや)とは、[[祭礼]](祭り)や[[市]]や[[縁日]]やらなんやらが催される、[[境内]]、[[参道]]や[[門前町]]において[[屋台]]や露天で出店して[[食品]]や[[玩具]]等を売る小売商を指す。または、[[射幸心]]を伴う遊技([[ゲーム]])として[[射的]]や[[くじ引]]やらなんやらを提供する街商(がいしょう)。または、大道芸にて客寄せをし商品を売ったり芸そのもんを生業にする大道あきんど(だいどうしょうにん)であるんや。
==おーまかなトコ==
===呼称===
職業神として元々は中華文明圏より伝わり、神道の神となりよった「[[神農]]の神」を祀り、独特の[[隠語]]を用おる者が多いため、狭い世界では'''神農'''(しんのう)とも呼ばれる。
的屋(まとや)、香具師(やし)、三寸(はんずん)とも呼ばれる。一般には馴染みが薄い思われるが近年までは、よう使われた通り名なんやし、的屋(てきや)、香具師、三寸は辞書では、同じ説明がなされておる場合が多い。
===祭礼や寺社との関わり===
上記の「祭礼(祭り)や市や縁日やらなんやらが催される、境内、参道や門前町」を庭場ちう。(以下庭場と記述)その庭場において[[御利益]]品や[[げん物]]を売を打つ(売る)ショーバイ人であるんや。ショーバイ人といても、祭礼時やらなんやらは町鳶、町大工やらなんやらの[[冠婚葬祭]]の互助活動と同じで、なんちうか、ようみなはんいわはるとこの寺社普請と呼ばれる相互扶助の一環でもあり、支払われるお金も代金やのうて[[祝儀]]不祝儀であるともいえる。いっぺんに[[寺社]]やらなんやらとの取り交わしによちう、げん物を売る時は神の[[依り代]]になるともいえる。
的屋は「露天商及び行あきんど」の一種なんやし、伝統的な文化を地域と共有しておる存在であるんや。せやけど的屋は価格に見合った品質の商品を提供するゆうよりも、祭りの非日常([[ハレとケ|ハレ]])を演出し、それを附加価値として[[ショーバイ]]にしておる性格が強い。
的屋はなんちうか、ようみなはんいわはるとこの現在の路上やらなんやらで行う素人や時代的背景のへんパフォーマーとは異なる。路上において人間を集めるための演芸は、パフォーマー(演歌師・壮士)とは区別されなあかんであるんや。観客においても祭りちう[[ハレとケ|ハレ]]の場の非日常的な雰囲気を感じるか感じへんかの違いがあるんや。
===様々な成り立ち===
やまとは古来から様々な職業において「組」とぬかす徒弟制度や雇用関係があり、的屋も噛み砕いて表現したら、親分乾分(親分子分・親方子方・兄弟分・兄弟弟子)の関係を基盤とする企業や互助団体、その構成する人々でもあるんや。的屋は零細資本の[[小売商]]または彼らに雇用されておる[[プロレタリアート]]の団体ちうイメージがあるが、これに該当せん地域密着型や個人経営や兼業の的屋も多い。地勢的・歴史的・人的・資本的要素が複雑に絡み合っておることから、単に的屋として一括りに定義するっちうことはややこしいが、的屋の源流とされるもは以下の五つもんに分類される。
*[[猿楽]] - 奇術・手品・曲芸・軽業・祈祷・占いやらなんやらを大道芸として行いながら、旅回りをしとったちうわけや。香具師が漢方由来の薬を扱っとったように、猿楽も中華文明を起源とするもんも多いが、太刀まわりや一人相撲やらなんやらやまと古来の芸も数ようけ存在する。
*[[蓮の葉商い]] - 時節や年中行事に必要なげん物である木の実や葉っぱや野菜、魚(地域によっては普段は禁じられとった獣肉やらなんやら)やらなんやらのなんちうか、ようみなはんいわはるとこの、季節物・消え物(きえもん)を市や縁日で販売しとったちうわけや。
**郊外においては、蓮の葉商いのそのまんま形で、地域に根ざした人々が、祭りやらなんやらで先祖代々に渡り、季節のげん物を販売しておる。具体的には、農家でありながら、縁日や市の立つ日や祭り時には、福飴や餅やらなんやらを製造し販売してて、それが何代にも継承されておる事があげられはる。
*[[香具師]] - 芸や見世物を用いて客寄せをし、薬や香の製造販売・歯の医療行為をする者。野士・野師・弥四とも表記し、ずぅぇえええぇぇええんぶ「やし」と読む。野武士が困窮して薬売りに身を投じたゆう説や弥四郎ちう者が薬の行商の祖と言われる事やらなんやら諸説あるんや。
*[[鳶職]]や植木職 - 都市部においては、[[天下普請]]の施行により、鳶職や植木職やらなんやらの建設に係わる者が、町場の相互関係の中で特別な義務と権限(町火消しやらなんやら)を持つようになり、特定のげん物(熊手、朝顔)や売り上げが確実に見込める物(正月のお飾り)の販売を独占する傾向にあり、現在でもその不文律が継承されておる。
*[[弓矢|的屋]](まとや) - 弓矢をつこうた射的遊技場を営むもんであるが、「吹き矢」をつこうた回転版を的とする射的や「ぶん回し」と呼ばれるルーレットも江戸時代から存在しとったちうわけや。これら射的やくじ引きやらなんやらの懸け物(景品交換の賭け事)を生業にする者。
=== 社会的文化的認知 ===
*[[小沢昭一]]やらなんやらの[[文化人]]は的屋の啖呵を“[[昭和]]の風物”として文献や[[音源]]に残しておる。
*映画「[[男はつらいよ]]」の主人公の「フーテンの寅こと車寅次郎」の生業として知られはる。
== 歴史 ==
「寺社やらなんやらの[[神託]]」とは具体的には寺社普請とええ、現在でも残っておるが、特に明治よりどエライ昔の人々の暮らしは[[政]](まつりごとが自治権として地域で認められとった)の中心として寺や神社があり、定期的な修繕や社会基盤としての拡張や一新を図るに当たり莫大な費用が必要なんやし、その一環として寄付を直接募るよりは、祭りを開催し的屋を招き地域住民に参加したかてらい、非日常(ハレ)を演出する事で的屋から場所代として売り上げの一部を[[普請]]の資金としたちうわけや。庶民も夜店や出店の非日常を楽しみ、やまとの[[祭り]]文化が人生を豊かにし、技術を持ったショーバイ人としての的屋も生活がなりたったゆう背景があるんや。余計なお世話やけど宝くじの起源である「富くじ」も、寺社普請のために設けられはった、非日常を演出する資金収集の手段やったちうわけや。
会日が縁日に変身し、庶民の生活習慣に深く根ざすようになりよった事や、各地域での経済の発展と市(定期市)の発生が、的屋を中心とする露天商の発展を促したちうわけや。また会日を根源とするっちうことが、げんと神事や祓いや占いやらなんやらの価値観がショーバイとしたかて商品にも反映されておるといえるやりまひょ。ほんで、江戸時代には祭り文化とあいまってまんねんまんねん栄え、この勢いは昭和初期まで続き、[[第二次世界大戦]]前の[[東京都]]内では、年間600超える縁日が催されており、忌日をのぞき日に2・3ヶ所で縁日が行われとったちうわけや。せやけど戦争による疲弊から縁日は祭りとともに消えていったちうわけや。祭りは住民参加型やったら、復活するもんも多いが、縁日は職業としての的屋が担う部分がようけあり、廃業や転職やらなんやらと時代錯誤的な世間の風潮とあいまちう、その総数は減少の一途をたどったちうわけや。的屋ちう職の減少がやまとの各地の縁日の減少に多大な影響を与えておる事は否めへん。
的屋(まとや)が営む「懸け物の的場(景品交換式遊技場)」は、現在の[[温泉場]]や[[宿場町]]に残る射的場の起源なんやし、[[スマートボール]]や[[パチンコ]]の源流でもあるんや。また[[法律]]の成立においても懸け物の的場(景品交換式遊技場)が基本にあるんで、「遊技」とぬかす言葉が「遊戯」ではおまへんんは、[[弓矢]]は技術が伴う事に由来し、法律の根拠としたかて偶然性のみの[[くじ引]]きであるんや、「[[富くじ]]([[宝くじ]])」との区別の根拠となっておる。また的屋や宿場町で営まれる射的場は文化や時代の背景があり、情緒を伴うもんであるが、現在のパチンコやらなんやらは利害だけの産業といえる。
;香具師(やし)
:的屋(てきや)は現在でも[[香具師]](やし)と呼ばれる事があるんや。その語源は一説によると、『[[古事記]]』にも登場する火の神で、[[出雲国]]にて出産時に産道を焼いて[[イザナミ]]を死に追いやり[[イザナギ]]に切り刻まれてぎょうさんの神に分裂した[[カグツチ|火之加具土神]](ほんかぐつちんかみ)の加具土が “加具士→加具師→香具師” と変身したもわ。
:的屋の別称とされる神農の神は、[[農業]]と[[薬]]や[[医学]]の神なんやし、的屋の源流とされる香具師は[[江戸時代]]において、[[薬売り]]と、[[入れ歯]]の装丁・調整や販売、[[虫歯]]やらなんやらの[[民間治療]]の[[歯科医]]でもあり、このことから神農の神を信仰しとったちうわけや。また中華文明圏に由来する神農の神は、そもそも[[漢方薬]]の神なんやし、やまとにおいても薬は漢方由来のもんが歴史的にもようけ存在したちうわけや。これらのことは、的屋と香具師の繋がりが示されるとともに、的屋がやまと古来の薬の神を信仰せぇへんかった、要因の一つと考えられはる。
;猿楽(さるがく)
:平安時代に生まれた古典芸能。やまと古来からの[[物真似]]や形態模写やらなんやらの[[お笑い]]芸や[[剣舞]]や独り相撲の舞踊りと[[唐]]から伝わった[[奇術]]や[[手品]]または、[[軽業]]や[[曲芸]]やらなんやらの芸が合わさりできた芸能で、奉納相撲や御神楽祭の夜祭で演じられはったちうわけや。寺社に所属する職業[[芸能人]]であり会日(縁日の原形)に寺社や大道で披露しとったちうわけや。また[[公家]]や[[武家]]に庇護されたもんは、[[能]]や[[狂言]]にまで昇華し、やからに猿楽は能と狂言の総称でもあるんや。現在においては、的屋家業としてその片鱗(がまの油売りの太刀まわりや南京玉簾やらなんやら)は僅かにしか垣間見る事は出来へんが、[[寄席]]や[[演芸場]]で「染之介・染太郎」に代表される[[太神楽]]として広く知られはる。
;蓮の葉商い・如何様師
:古くは寺社やらなんやらの[[神託]]を受けて商品やのうてげん物を振舞うことを生業とし、その謝意として祝儀を受け取る祭りには欠かせへん、[[職]]であるんや。お守りを売っておるのと変わらへんわけで、その品そのもんの商品価値よりげん物としての色合いが強いのであるんや。そやから、一部からは粗悪品を巧みな口上で不当な価格で売る真っ当やへんあきんどとの蔑視を受けた歴史を持つ。際物売り・まがい物売りやらなんやらと表現され、的屋の発祥の一つとされる[[蓮の葉商い]]や[[詐欺師|如何様師(いかさま師)]]やらなんやらがあり、その語源の発祥とその経緯(蓮の葉商いも如何様師もまがい物や際物を売る者ちう意味があるんや)が一致しておる。手品や奇術のようけは唐から伝わり猿楽の芸の一つなんやし、如何様(いかさま)とも呼ばれ、それを行うもんを如何様師とも呼称しとったちうわけや。また的屋においても昭和初期まで奇術や手品を使い、客寄せをする者もようけ存在し、「がまの油売り」が演じる「真剣をつこうて腕を切る」芸の[[カラクリ]]にその片鱗が見て取れる。
;的屋(まとや)
:[[平安時代]]の[[公家]]が楊弓ちう[[弓矢]]で遊興を楽しんや。座ったまんまで行う正式な[[弓術]]なんやし、対戦式で[[的]]に当った点数で勝敗を争ったちうわけや。後に[[江戸時代]]には、この公家の楊弓と庶民の神事である祭り矢・祭り弓が元になり「的屋(まとや)」が営む懸け物(賭け事)の「的矢(弓矢の[[射的]]遊技)」として庶民に楽しまれ、江戸時代の後期には隆盛を極め、[[大正時代]]まで続いたといわれるが、江戸時代から大正に至るまで好まへん[[賭博]]や[[風俗]]であるとされ、度々、規制や禁止がなされたちうわけや。この的屋(まとや)が後の[[露天商]]を生業とする的屋(てきや)の起源の一つとされる。
:「的矢」は、[[関西]]では楊弓場(ようきゅうじょう)、[[関東]]で矢場(やば)といわれ、祭礼の立つ日の庭場や遊郭で出店や夜店として、弓矢を使い的に当て、的の位置や種類により、商品や賞金が振舞われたちうわけや。 また客が弓矢を楽しむ横からの矢の回収は危険であることから、関東の的屋の間で、危へん場所を矢場(やば)とぬかす様になり、危へん事を「矢場い・やばい」と表現し、[[隠語]]として使用したちうわけや。この「やばい」ちう隠語は的屋を中心に堅気やへん者の間に広まり、昭和40年前後には当時の若者に広まった言葉であるんや。
===的屋と遊女===
[[遊郭]]は一説に因れば「[[結界]]の意味を持つ」とする[[民俗学]]や民間信仰論もあり、政治的な治安維持としての役割と管理のし易さから、地域を特定したともいわれるが、一般の「定」から外れた部分を持つ[[治外法権]]でもあったちうわけや。また遊郭や[[遊女]]は古くは[[禊]](みそぎ)や[[祓い]](はらい)とゆうた[[神事]]でもあり、そら「渡り巫女」やらなんやらの存在からも窺い知ることが出来よる。これらを背景として、遊郭は庭場(寺社やげんに係わる場所)と同じ意味合いを持ち的屋が生業を営む場所やったちうわけや。ほんで的屋の源流とされる職種も遊女とんかかわりを持つもんもようけ存在しておる。
[[お蔭参り|伊勢詣]](御伊勢参り)や富士詣やらなんやらは途中の旅路も過程も含めて「詣で」なんやし、宿場町に遊女([[飯盛女]])が存在し、客が遊興するっちうことは、禊や祓いやったちうわけや。この宿場町の風俗習慣と的屋(まとや)の営業する的場(景品交換式遊技場)が結びついて、宿場町や温泉街に矢場(射的場)が設けられはったちうわけや。これが現在の射的場(スマートボールやらなんやらも含め)の原形なんやし、昭和30年代頃まで俗に「矢場の女」といわれる遊女が射的場に存在した理由であるんや。
*傀儡女 - 平安時代にあった[[傀儡師]]といわれる芸能集団で、[[猿楽]]の源流一つとされ、旅回りや定住せず[[流浪]]して、町々で芸を披露しながら金子(きんす)を得とったが、後に寺社の「お抱え」となる集団もあったちうわけや。男性は[[剣舞]]をし、女性は傀儡回しちう[[唄]]に併せて動かす人形劇を行っとったちうわけや。この[[傀儡]]を行う女を傀儡女とよび、時には客と閨をともにしたといわれる。
*蓮の葉女 - 江戸中期の[[井原西鶴]]の著書の中で、描かれておる[[上方]]の大店に雇用されとった遊女のことで、上客や常客の接待として閨をともにしたちうわけや。[[蓮の葉|蓮の葉女]]と蓮の葉商いはその語源について繋がりがあり、諸説あるが蓮の葉商いが遊女としての側面を持っとったことが示唆される。
*矢取り女 - 江戸後期には的屋(まとや)が営む矢場に登場した女性で、客の放つ[[矢]]を掻い潜りながら、[[的]]に刺さった矢や落ちておる矢を拾い集め、舞う様に矢の飛び交う中を駆け回るのが、一つの芸やったちうわけや。また特別な日には最高の賞品として一定の条件を満たしたら気に入った矢取り女と閨を共にする事が出来よったちうわけや。
*転び - 的屋の販売形態のひとつを表す業界用語でもあるが、辞書では「[[路傍]](ろぼう)で営む遊女」も意味すると記述されておる。双方とも[[茣蓙]]が大事なショーバイ道具でもあり、偶然なんか洒落なんか、またはそへんな風な実態が的屋としての「転び」にあったかは定かではおまへんが、茣蓙の上に商品を乗せる商いの総称ともとれる。
==分類==
===売り場の高さによる分類===
;転び(ころび)
:地面引いた茣蓙(ござ)やらなんやらの上に直に商品を転ばして売っとったためにこう呼ばれておる。新案品と呼ばれる目新しい商品を売る事でも知られておる。その身軽さから、近年では庭場にとらわれへんし、小学校の下校時にあわせて、ボウズ向けに売り場を開く事もあり、年代によっては、校門のねきで、消えるカラーインクセットやカラー砂絵セット(色別に着色した硅砂と木工用ボンド)、カラー油土の型枠セット([[カタ屋]])やらなんやらを「ころび」から購入した経験を持つもんも多い。
;三寸(はんずん)
:諸説あるが、売り台の高さが、一尺三寸になっておるさかいといわれる。その他にも渡世人として各地方を渡り歩く的屋家業の者が、顔役に世話になる時の「仁義を切る」ときの口上が、やくざと違い「軒先'''三寸'''借り受けまして、、、」と始まる事、舌先三寸(口車)でショーバイするや胸三寸(心意気)でショーバイするやらなんやら、または、屋台の骨組みが木材商で販売されておるいっちゃん小さい構造材の三寸角やったことやらなんやらが挙げられはる。
:縁日や市や祭りが催される場所を求め渡り歩き(近隣や遠方への旅回り)床店(「とこみせ」とは組立式の移動店舗)でショーバイをする、なんちうか、ようみなはんいわはるとこの[[露天商]]なんやし、個人や個人経営の組もあるが、神農ショーバイ[[協同組合]]の組合員も多い。また旅回りの的屋の世話役や、庭場の場所決めの割り振りや場所代の取り決めや徴収をする顔役をさし、この顔役を中心に組織化したもんが、神農ショーバイ協同組合やらなんやらなんやし、相互扶助を目的とした露天商の連絡親睦団体として全国の各地域に存在する。
;高物(たかもん)
:高物(たかもん)は転びや三寸が地面でショーバイするんに対し、大掛かりに仮設建築として床を持つ小屋を作る([[見世物小屋]])舞台や床やらなんやらがあるんでこへんな風に呼ばれる。見世物小屋で軽業師、[[手品師]]やらなんやらの見世物や[[お化け屋敷]]やらなんやらの興行を運営し、高物(たかもん)のようけは全国仮設興行組合に加盟してて、[[サーカス]]も元はこれらの興行師がアチラから取り入れ運営しておったさかい加盟しとった時代があったとされる。代目やショーバイの内容は代わっておるが現在でも活動しておる「○○興行部」と呼ばれる興行プロの源流が高物である場合も多い。的屋の世界では、この興行を行う者(興行師)を「引張り」ちう隠語で呼称する。
===売り物や販売方法による分類===
;大占め(おおじめ)
:[[啖呵売]](たんかばい)もこれに含まれ、啖呵口上や一種の[[手品]]や[[奇術]]を使い客寄せをする。客寄せする技術があり人がたくはん集まるさかい、目抜きから離れた広い場所で行う事がようけ(ええ場所は庭場料も高いのでそれを避ける意味合いもあるんや)大きな場所占めるのでこの様に呼ばれる。「[[ガマの油売り]]」や「[[南京玉簾]]」や「[[バナナの叩き売り]]」やらなんやらがこれに含まれる。
;小店(こみせ)
:文字通り間口が小さな店がようけ、飴やらなんやらに代表される小間物(細かい、小さい物の事を指す。反対の言葉として荒物があるんや)を扱う事からもこの様に呼ばれる。元は市や縁日で[[蓮の葉商い]]や[[棒手振]]といわれる庶民の街商やったといわれる。伝統的な的屋で地域密着であり地元の人々が行ってて既得権があるんで、一般の的屋よりその地域においてはいろいろな条件面でヒイキされる事が多い。
;木(わい)
:文字通り植木を専門に売る的屋なんやし、元々は植木屋や現在でも植木屋と兼業する者も多い。[[とび職]]や植木屋やらなんやらは現在でも[[既得権]]として、地元限定で[[酉の市]]や朝顔市や羽子板市やらなんやらまたは、[[正月]]のお飾りや[[七夕]]の竹、笹やらなんやらを販売しておる。
==商圏を背景とした組織・形態==
===旅回りちう商圏===
近年までは旅回りの的屋の相互扶助を目的とした「神農会」や「街商組合」が機能しとったとされる。 [[旅]]においての便利わるいや苦労を、互いに助け合うゆう精神の発露から、この様な組織が出来よったといえる。
一般的には数件の店が一つのグループを作り、地方の縁日やらなんやらを回っておるが、都心の古くさかいある地域では一と六、二と八、三と七、五と十(四と九はげんが悪いのと休みは的屋にも必要)の付く日で縁日を主要な町々で分けており、夏場や正月や花見やらなんやら年中行事以外の限られはった日数だけ地方に赴く団体もあるんや。また、移動や宿泊の経費が大きくなり遠隔地に出かけんとおる的屋の団体も多いとされる。
===マーケットちう新しい商圏===
現在は祭礼や縁日に人出が減ったんに比べ、[[自治体]]が管理する[[公園]]や遊技場において各種団体が主催する[[フリーマーケット]]やらなんやらがようけなっておる。 そやから、地元の商店や店舗を持たへん者が、副業や趣味または企業として露天での販売を行う姿もようけなっておる。
時代の変遷と共に、伝統的な的屋の非日常(ハレ)の場独特の雰囲気を演出する技量を持つ者も少なくなり、懐かしむ声も聞かれる。それに対し、寺社が主催し的屋ちう専門職が演出し庶民による伝統的な祭りとはちゃう、[[自治体]]や企業が主催し地域住民が参加する「手作り」の日曜マーケットやらなんやらの[[蚤の市]]が全国的に広く開催されておる。そのマーケットといわれるもんが、伝統、文化的背景が無い事に懐疑的な見方をする声もあり、また「マーケットが台頭し祭りが廃れる」のやおまへんかと危惧する声も聞かれる。的屋と呼ばれる人々が「祭り」だけで成り立つんか、マーケットちう新しい商圏に取り込まれ、伝統、文化的背景を無くしていくんか今後の時代の変遷が見守られはる。
==主な屋台==
下記の分類が重複しておる場合もあるんや。その他は[[縁日]]を参照。
===食品や玩具の販売===
*[[バナナの叩き売り]] - 屋台等の板を派手に叩きながら独特の口上で[[バナナ]]を売る。
*[[綿菓子]] - [[キザラ]](グラニュー糖やザラメ)を高温で熱し、[[綿]]状にした菓子。
*[[リンゴ飴]] - [[リンゴ]]に[[飴]]を絡ませた物。現在は小さなリンゴやらなんやらもリンゴ飴にしておる。
*天津甘栗 - 伝統的に[[天津市|天津]]港がアチラ出荷拠点やった[[シナグリ]]とキザラを混ぜたもんを、小石に混ぜて煎ったもわ。 天津産のシナグリを国内産で賄う事もあるんや。 この為、大きさが大きく異なる事があるんや。
*ベビーカステラ - 小さな[[カステラ]]ちう意味やけど、[[ホットケーキ]]の丸めた物ちう感じ。[[たこ焼き]]用の鉄板で作られはる。東京ケーキ、チンチン焼、ピンス焼の名で売られはることもあるんや。独特の食感で根強い人気があるんや。
*お面 - プラスチック製の[[アニメ]]・[[ゲーム]]・[[特撮]]等の人気[[キャラクター]]のもんを販売する。
*カタ屋 - ねちっこくは[[カタ屋]] を参照。
*その他、[[籤]]や[[銀杏]]、[[椎|椎の実]]やらなんやらの元は時節や節気のげん物である食品や祭礼用の品を売る屋台(古くは蓮の葉商いといった)やらなんやらが縁日やらなんやらではお馴染み深い。その他の売物についてねちっこくは[[蓮の葉商い]]を参照。
===動植物の販売===
*[[金魚すくい]] - 小さな[[金魚]]を掬う。大抵は高級金魚養殖の選抜で間引かれた個体で、一晩で死んでまうことも多いが、育て方が上手やと結構ええ形に成長する。もともと金魚はげん物として中国より伝わったちうわけや。
*[[ひよこ]] - [[養鶏]]場で商品価値の低い[[雄]]の ひよこの処分手段として売られておるケースが殆ど。スプレーで着色し「[[カラーひよこ]]」と称して売ったり、稀に[[ウズラ]]の子やらなんやらを売るもんもあったちうわけや。かわいらしい生き物ちうことで、定番となっとったが近年は余り見かけなくなりよったちうわけや。[[フィリピン]]では出店で日常的に見られはるが、飼育する上で育てきれへん場合や近隣からの苦情やらなんやらで社会問題になりよったちうわけや。
*植物-[[ホオズキ|海ほおずき]]や[[ホオズキ]]、[[朝顔]]や小さな鉢植えやらなんやらげんのええとされるもわ。
*小動物-[[鈴虫]]や[[キリギリス]]、[[かぶと虫]]や[[くわがた虫]]、[[ミズカマキリ]]や[[タガメ]]やらなんやら大人の好事家(音色を楽しんや)やボウズが好きなもんや比較的珍しいもんやらなんやら。
===遊技や籤の提供===
*カタ抜き - 動物やキャラクターやらなんやらの絵柄がプリントされた、ハッカ味で板状の砂糖菓子を買い、絵柄通りにカタ抜きをしていく。綺麗に絵柄をカタ抜きできればお金がもらえるちうシステムの屋台。複雑な絵柄であるほど金額が上がる。地域によっては「ナメ抜き」やらなんやらと呼ばれる。
*[[射的]]-コルクを弾にした[[空気銃]]で的や景品に当てんねん射的遊技。きょうびではあんまり見られなくなりよったが、古くは[[弓矢]]や[[吹き矢]]を使うこともあったちうわけや。近年では商品を薄い紙で吊るし、水鉄砲を使いその紙紐を濡らして商品を落とすといった射的もあるんや。
*[[競技]]([[レース]])-小動物や昆虫や淡水魚([[ウナギ|うなぎ]]や[[フナ]])やらなんやらを使い直線コースのレースを行い勝敗を予想させるもんでレースよりも出走する生き物が珍しかったりおもろいので客が集まったちうわけや。
*[[くじ引き]]
**遊技銃-[[くじ]](籤)を引き番号と同じ遊戯銃がもらえる。きょうびでは一回やって貰った物と、もう一回分の金額でワンランク上の物と変えてくれる屋台もあるんや。
**千本引き-紐の先に色々な景品が結び付けられておりみなの紐を一ヶ所に束ねておる為、何が当たるか判らへんゆう工夫をした、紐をつこうたくじ引き。
**封筒引き - 封筒の中に商品の番号を書いた紙を入れておき客に引かせる単純なもわ。もとは、[[文鳥]]や[[十姉妹]]といった小鳥を使い手なずけて封筒を引かせる見世物でくじ引きだけやのうて「[[おみくじ]]」が主やったちうわけや。鳥をつこうたおみくじの見世物をする人はやまとに数人しかおらへんといわれる。[[台湾]]では現在でも夜市やらなんやらで文鳥占いを一般的に見る事が出来よるが、やまと統治時代に伝わった物か元々台湾が起源なんかは定かやへん。
**[[コリントゲーム]]-[[パチンコ]]や[[スマートボール]]の原型となりよったもんで自作のもんで一等、二等、三等、スカやらなんやらのゴールを作り、玉の入った先で商品の当たり外れを楽しむといった遊戯で、現在では古くなりよったパチンコ台を利用しておることが多い。
**水盆引き - 丸い金属製の盥(たらい)に周囲に区切りを設けて区域別にはずれや当りやらなんやらの色分けをして、水を張り、[[ドジョウ]]や[[源五郎]](ゲンゴロウ)を中心に落として行う一種のくじ引き。
== 的屋と指定暴力団(やくざ・極道・博徒・筋者) ==
的屋は神農とも呼ばれ、また的屋を稼業人、博徒を渡世人とも呼び別ける。「無職渡世」とは本来、職業が公認されへん博徒を指し、的屋について言われることはへんかったちうわけや。生業とする縄張りも的屋では「庭場」、博徒では「島」と表現する。古くは[[江戸時代]]の[[寺社奉行]]と[[町奉行]]の[[管轄]]の違いさかい来ておるともいわれ、現在も地図上でその生業とする地域分けも江戸時代の名残がようけ見られはる。また上記おーまかなトコにも記述があるが、個々の[[信仰]]は別として的屋は職業神として神農を祀り[[博徒]]は職業神として[[天照大神]]を祀っておる。
''やくざ、暴力団との関係については、[[ヤクザ]]及び[[暴力団]]を参照''
*組織として「組」を形成し互助活動を行っとったちうわけや。こら的屋特有のもんやのうて、[[大工]]、[[鳶]]、[[土方]](つちかたと読む。土手人足ともええ江戸時代に出来よった埋め立てや護岸工事に携わる土木技術者集団)やらなんやらの建設業団体や[[河岸]]、[[沖仲仕]]やらなんやらの港湾労働団体や[[飛脚]]、籠屋、渡しやらなんやらの運輸荷役団体と同じであるんや。せやけど、互助活動に対しての謝礼の授受が今でいう民事介入とぬかす表現になり[[やくざ]]と同一視される由縁であるんや。そもそも[[老舗]]の組も元をたどればこれらの職業やったといえる。
*[[指定暴力団]]・[[極東会]]が[[やまと]]最大の的屋組織である[出典は山平重樹『ヤクザ大全』[[幻冬舎]](幻冬舎アウトロー文庫)、1999年、ISBN 4-87728-826-0]。他にも、[[飯島会]]、[[姉ヶ崎会]]やらなんやらが的屋組織である[出典は山平重樹『ヤクザ大全』[[幻冬舎]](幻冬舎アウトロー文庫)、1999年、ISBN 4-87728-826-0]。
*各地の神農会を構成、運営しとった「庭主」(世話役のこと)も、諸事情により その円滑な運営をなしえへん状態にあるもんもあるんや。本来、行あきんどや旅人(たびにん)の場所の確保や世話をする世話人が集まって組織となり神農会と呼ばれる庭主(組合)が起こったが、現在では、そのほとんどが各地の暴力団の傘下組織となり、一部には本来いっちゃん肝心な世話するっちうことを怠ってなあんもせん「庭主」が「○○会○代目」、「○○組分家」、「○○会○○一家」と名乗り、競合する出店を脅迫し排除したり、挨拶に来よるよう呼びつけ行あきんどやらなんやらから着到(その地区の世話人に世話になる場合、到着した際に挨拶として持っていく手土産)名目で金品をたかる組織も存在する。
*現在では一部地域において[[県]]の公認を受けた協同組合として活動しておる組織もあるんや。この場合においても、実際には○○組組長や○○会会長が協同組合理事長を兼任しておる場合がようけ、協同の組合ちうより親分のわて物の組合といった趣きが強い。極端には、理事長そのもんが替え玉ちう場合も存在するゆう。
== 脚注 ==
==関連項目==
*[[祭礼]]
**[[縁日]]
**[[げん物]]
**[[年中行事]]
**[[ハレ]](晴れと穢)
*[[ショーバイ]]
**[[蓮の葉商い]]
**[[屋台]]
**[[啖呵売]]
**[[実演販売]]
*的屋を題材にした作品
**風来忍法帖 - [[山田風太郎]]忍法帖シリーズの一作。
**[[男はつらいよ]]([[テレビドラマ]]・[[映画]]シリーズ) - 主人公の寅次郎は的屋である
**ホットドッグ (テレビドラマ) - 本放送終了後も「テキ屋の信ちゃん」ちう2時間ドラマが5本制作されておる。
**[[ウチ葛飾区亀有公園前派出所]] 146巻『出会いの橋の巻』
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[[Category:やまとの文化]]
[[Category:やまとの祭り]]
[[Category:やまとの小売業]]
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