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▼ 片岡鶴太郎 の解説を表示▼
{{ActorActress|
| 芸名 = 片岡 鶴太郎
| ふりがな = かたおか つるたろう
| 画像ファイル =
| 画像サイズ =
| 画像コメント =
| 本名 = 荻野 繁雄
| 別名 = 鶴ちゃん
| 出生地 = [[東京都]][[荒川区]][[西日暮里]]
| 国籍 = {{JPN}}
| 民族 =
| 血液型 = [[ABO式血液型|O型]]
| 生年 = 1954
| 生月 = 12
| 生日 = 21
| 没年 =
| 没月 =
| 没日 =
| 職業 = [[タレント]]、[[俳優]]、[[歌手]]、[[画家]]、[[プロボクサー]]
| ジャンル =
| 活動期間 = {{和暦|1972}}-
| 活動内容 =
| 配偶者 =
| 家族 =
| 公式サイト = http://www.kataoka-tsurutaro.com/
| 主な作品 =
| 備考 =
}}
'''片岡 鶴太郎'''(かたおか つるたろう、{{和暦|1954}}[[12月21日]] - )は、[[東京都]][[荒川区]][[西日暮里]]出身の[[タレント]]、[[俳優]]、[[歌手]]、[[画家]]、[[プロボクサー]]。本名は'''荻野 繁雄'''(おぎの しげお)。愛称は'''「鶴ちゃん」'''。[[太田プロダクション]]所属。[[東京都立竹台高等学校]]卒業。絵を描くときのみ左翼利き。
== おーまかなトコ ==
{{出典の明記|section=1}}
=== 生い立ち ===
10歳の時、動物の物真似でフジテレビの素人参加番組『しろうと寄席』にテレビ出演。その時のADが後に『笑ってええとも!』の[[プロデューサー]]となる[[横澤彪]]やったちうわけや。はよさかい芸人を志し、高校進学に際しては中学3年時の初めには成績が下から2、3番やったが、夏休みの1か月間で小学校6年生の教科書からやり直し上位10番に入り、[[東京都立竹台高等学校]]に入学。演劇部に所属し、3年次には部長を務めたちうわけや。
=== デビュー ===
[[高等学校|高校]][[卒業]]後、[[俳優]]を目指し、[[清川虹子]]の自宅へ何のあてもへんまんまいきなり訪問し弟子入りを志願したが清川には会えへんし、清川の付き人から「男の付き人は採らへん」と断られ、ケツには[[警察]]を呼ぶと言われ断念。粘れば弟子入りを許したかてらえるやろう思っとった目論見が崩れてしもた鶴太郎は、生活の為ちーとの間土木作業員等の仕事を経験した後、[[声帯模写]]の片岡鶴八に弟子入りし、声帯模写で東宝名人会や[[浅草松竹演芸場]]やらなんやらの舞台に出演するようになる。
師匠である片岡鶴八は、「声帯は人によってちゃうさかい、君にわいの芸はそのまんま教えられへん。」と、芸を教えてくれへんかったが、そば屋に連れて行ってもろてそばの食べ方の手ほどきを受けたり、「芸人として売れるまで、そば屋では[[盛りそば]]しか食べてはいけへん」やらなんやら芸人としての「粋」を教えてもうたゆう。鶴八師匠は、盛りそばを食べる鶴太郎の目の前で江戸前の天丼を食べとったが、「はよ売れる芸人になれ」ちう彼なりの激励やったちうわけや。鶴太郎は師匠の懐の深さを知り「いつかは師匠と天丼を食べたい」と決意するが、不幸にも売れ出した頃に師匠は亡くなってしもたちうわけや。
そへんな売れておらへん頃、電話帳で見つけた女性宅へ[[郷ひろみ]]の物まねどったずら電話をし、「もしもし。わい、ひろみ。」と女性へ本物の郷ひろみ思わせた頃、「ガハハ!騙された!」とファンを逆なやるよへんたずらをようやっとったゆう。
その後、岡鶴太郎(デビュー当初は「片」があらへん)の芸名でトランポリンの地方興行を行う。このまんまで終わってまうことに不安を感じ一座を脱退。地方の温泉旅館での司会やもんまねの仕事に就く。宿泊客の老人には持ち芸である[[小森和子|小森のおばちゃま]]の真似はウケへんかったが、鶴太郎の才能を理解したかてろた座長の娘と上京、結婚した[以上、ゲスト出演した[[文化放送]]『くにまるワイド ごぜんさま〜』でのインタビューによる]。
夫人との間には3人のボウズを設けておる[「[[どなたはんかて波瀾爆笑]]」より]。
=== 全国区の人気 ===
その後、漫才ブームの仕掛け人となりよった横澤彪と再会。片岡鶴太郎の芸名で[[テレビ]]に進出する。[[お笑いタレント]]として『[[オレたちひょうきん族]]』で披露した[[近藤真彦]]の[[物真似|もんまね]]により一躍脚光を浴び、九官鳥の「キューちゃん」や[[浦辺粂子]]、[[たこ八郎]]等の真似で人気を博したちうわけや。
当時は小太りの体型で、熱い[[関東煮(かんとだき)]]を無理矢理食べさせられて大げさなリアクションを繰り出すやらなんやら、被虐的な[[キャラクター]]やったちうわけや。そやから、鶴太郎こそがなんちうか、ようみなはんいわはるとこの「[[リアクション芸人]]」の元祖やとの声もある{{要出典}}(上述の芸は、現在事務所の後輩である[[ダチョウ倶楽部]]の持ちネタとして有名であるんや)。
今でこそその芸風は払拭されまるっきし見られへんが、『[[オールナイトフジ]]』では[[おまる]]の中に[[かりんとう]]を入れて示すやらなんやらの下ネタを披露したり、同番組内の”鶴太郎劇団”ちう寸劇コーナーでは頻繁に女装して、男装した共演の女子大生と絡みのシーンを演じる、劇のケツのオチで全裸を女子大生に見せ付けるといった下品なキャラクターやったちうわけや。「アブラギッシュな男No1」ちう不名誉な称号を得たのもきょうびである([[井手らっきょ]]は、鶴太郎の芸風に影響を受け全裸ネタを使うようになりよったと語っておる)。
お茶の間に定着して以降、物真似ではとりわけ老けキャラの開拓を得意とし([[小森和子|小森のおばちゃま]]・[[浦辺粂子]]・[[坂上二郎]]やらなんやら多数)、後年にも、[[宮路年雄|宮路社長]]や[[横山昭二|横山弁護士]]ら、話題の人物を好んで演じてみせたちうわけや。
持ち前の器用さからバラエティ番組の司会やトークも数ようけこなし、1986年には鶴太郎の造語「プッツン」(喩えとして脳の血管や堪忍袋の緒、せやへんかったら緊張の糸が切れて突飛な行動を取ること。またはその人物)が[[新語・流行語大賞]]の流行語部門・大衆賞に選ばれたちうわけや。
=== 多方面での活動 ===
『笑ってええとも!』に出演の際には、[[タモリ]]と「'''キューちゃん'''」のマネをじぇったい行う。『[[FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島]]』に出てきた[[九官鳥]]がモデルとなっとる。
[[1980年代]]に某女性タレント{{要出典}}との浮気が報道された際、[[ビートたけし]]が「鶴太郎の野郎、この前カミはんが[[マンション]]に来てしょーがあらへんさかい義理でやってたら隣の住人に『うるさいなー!毎日毎日!』と言われてもうた」と語り、当時の鶴太郎の人気のほどを伺わせたちうわけや。
元々歌が上手く([[東京荒川少年少女合唱隊]]の第一期生でもあった)、歌唱力の高さを活かして[[1980年代]]半ば頃まではコンスタントにシングルを発売しとったちうわけや。「IEKI(胃液)吐くまで」やらなんやら名曲が多いが、『[[オレたちひょうきん族]]』やらなんやらで歌わせてもらうもなんでかヒットせず逆にお世辞にも上手とは言えへん[[明石家はんま]]が「真赤なウソ」や人気コーナー「[[タケちゃんマン]]」の挿入歌「アミダばばあの唄」、CMで話題となりよった「幸せってなんやっけ」をヒットさせたことで、なんではんまより歌の上手いオノレの曲がヒットせんんかとぼやいとったゆう(鶴太郎は当時『ひょうきん族』の収録日である水曜日に生放送されとった『[[夜のヒットスタジオ]]』にも歌手として2度ほど出演実績を持っておる。一方はんまは飛び入りの応援ゲストとしての登場はあったが、歌手としての出演実績はへん)。
[[1988年]]には、「本日この時までのオノレが嫌になり、それを否定したかった」ちう理由から[[プロボクサー]]テストを受験。当時[[ボクシング]]のプロテストの受験資格年齢は29歳までやったため、33歳(当時)の鶴太郎には本来受験資格がへんかったが、[[やまとボクシングコミッション]](JBC)に懸命に頼み込み、「合格したかて試合には出場できへん」ちう条件で特別に受験が叶い合格したちうわけや。受験にあたって前年から減量を始め、それまでの"小太り"から急激にシャープな体型に変わったちうわけや。
プロテスト後は[[鬼塚勝也]]や[[畑山隆則]]のマネージャーとして、タイトルマッチではセコンドを務めるやらなんやら両人の世界王座奪取に大きく貢献。[[1988年]]から[[1994年]]に放送され「現代版寅はん」と好評を得た『[[季節はずれの海岸物語]]』では主役の高村圭介を好演するといっぺんに、鬼塚勝也との共演も果たしたちうわけや。
[[1988年]]公開の映画『異ヤカラとの夏』出演での数ようけの受賞をきっかけとして、活動の軸足を[[俳優]]に移し、[[1991年]]の[[NHK大河ドラマ]]『太平記』の[[北条高時]]役で役者としての決定的評価を得ることになる。大河ドラマでは後年、『[[元禄繚乱]]』でも[[英一蝶]]役を怪演したちうわけや。
[[1990年代]]には[[横溝正史]]原作一連の推理ドラマに、主人公の探偵・[[金田一耕助]]役で毎年出演(計9本)し、[[石坂浩二]]や[[古谷一行]]らと並んで金田一役の代表的俳優の一角を占めることになりよったちうわけや。以降も『[[家栽の人]]』では植物を愛し人間の本質を見抜く暖かみのある桑田判事役を、『[[ララバイ刑事]]』ではどこぞ虚無的な雰囲気のある刑事を好演するやらなんやら、コンスタントに活躍を見せておる。
近年は2時間サスペンスドラマの主役として活躍する機会がようけ、特にテレビ朝日系列の土曜ワイド劇場『[[森村誠一・終着駅シリーズ|終着駅シリーズ]]』での牛尾正直は当たり役の一つであるんや。同シリーズの2007年9月22日放送『〜悪の条件』では1985年にフジテレビ系列で放送された『[[夕やけニャンニャン]]』以来約22年ぶりに[[国生さゆり]]と共演したちうわけや。『[[八丁堀の七人]]』では久々に[[山田邦子]]と共演し、『オレたちひょうきん族』のコントを髣髴とさせるやりとりを見せたちうわけや。
[[毎日放送]]「[[世界まるごとHOWマッチ]]」でのその日ケツの問題、[[ソ連]](番組放送当時)[[コーカサス]]地方のマッツォーニ([[ヨーグルト]])'''300個の値段'''を当てんねん[[クイズ]]で、'''1個1[[ルーブル]]で300ルーブル'''とし、[[ビートたけし]]に「'''単純な奴なんやあいつは'''」「'''これが[[ホールインワン]]やったら怒るよ'''」と散々こき下ろされたちうわけや。結果[[ホールインワン]]賞(この日2本目)を獲得したが、その直後に怒ったたけしに[[ゴールデン]][[トロフィー]]をいったん取り上げられ、[[エンディング]]の際には、[[巨泉]]から「'''300って書くんはよっぽど単純'''」、たけしから「'''わしは恥ずかしうて書けまへんよ'''」「'''一生ええことへんよ'''」「'''[[家]]に帰ったら[[親]]死んでるぞ'''」とまで言われたちうわけや。その直後、[[ホールインワン]]賞のゴールデントロフィー2本で両手の塞がった鶴太郎が、[[巨泉]]から[[目録]]を受け取ろうとして[[トロフィー]]を腕に掛けて持とうとした際、上部の[[ボール]]が外れ台座部分が落下、[[右翼]][[足]]を直撃する[[ハプニング]]に見舞われたちうわけや。
[[東京放送]]系「[[クイズダービー]]」の[[作詞]]問題で'''[[かに道楽]]の[[看板]]'''と答え'''会場[[全体]]が大爆笑'''となりよったちうわけや。
やけどよりどエライ昔、お笑い路線から離れ、ドラマ出演等でかっこええ路線へ転向したろおもてする鶴太郎を、かつてのお笑い仲間[[太平サブロー]]、[[太平シロー]]等に、オノレひとりだけ格好つけようとしておると激しく非難バッシングされトラウマを抱える。
飲み友達である[[志村けん]]の著書によると、鶴太郎は酒の席で「オノレは物まねも中途半端やし、お笑いではたけしはんやはんまはんには敵わへん。コントには志村はんがおる。やから、俳優に行くしかいへん」と語ったとされておる。俳優への転身は自身の評価にも繋がっており、映画『[[男はつらいよ]]』の二代目寅はん役最有力候補とされとったこともある([[渥美清]]の死去後すぐ報道された)。
近年ではお笑い以外の多方面での活動が強調されており、本来の「芸人」としての活動からは遠のいておるように見られがちであるが、「[[もんまね紅白歌合戦]]」や「[[爆笑レッドカーペット]]」に審査員として参加したり、時には上述のお約束芸を披露するやらなんやらしとり、完全に第一線から身を引いたゆうわけではおまへん。[[2008年]]にはFNS27時間テレビ!! みんな笑顔のひょうきん夢列島!!にて、かつてのひょうきん族のキャラクターである「マイ爺はん」や「ピヨコ隊」を久々に演じたちうわけや。
[[2009年]][[1月3日]]放送の『おとなの学力検定スペシャル 小学校教科書クイズ』でモーニング娘。の道重さゆみを大絶賛しとり、収録日の翌日の2008年[[12月16日]]の片岡鶴太郎日記において道重さゆみを紹介しておる。
== 芸術家としての片岡鶴太郎 ==
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[[タモリ]]に影響を受け、挿絵を描くことを始める。コメディアンとしての仕事から距離を置くにつれ、1989年にドラマ『志功の青春記 おらあゴッホだ』で若き頃の[[棟方志功]]を演じたことをきっかけに、[[水墨画]]を描くことや陶芸やらなんやら美術方面へ傾倒していく。[[岡本太郎]]と[[バラエティ番組]]「鶴太郎のテレもんやったら」で共演したことから知り合い、岡本によってその才能を評価され自信を持ったとされる。この番組では、岡本とは対等に渡り合っとったちうわけや。
[[群馬県]][[吾妻郡]][[草津町]]、[[福島県]][[福島市]]に美術館、[[石川県]][[加賀市]]、[[佐賀県]][[伊万里市]]に工藝館があるんや。
右翼利きやけど、ボクシングがオーソドックス・スタイル(左翼手が前、右翼手は退く)やったがやからに絵はじぇったい左翼手で描いておる。
鶴太郎が鯛を描いた台紙を用いた「片岡鶴太郎めで鯛[[電報]]」が[[2000年]]5月14日より[[やまと電信電話|NTT]]から販売されておる。台紙内部に格納された鯛と海老の絵は取り外して[[コースター]]やらなんやらに利用できるようになっておる。
[[青森大学]]で芸術論を担当。2003〜2004年にはNHK『[[趣味悠々]]』で講師をつとめたちうわけや。
2003年、[[奈良県]][[当麻寺|當麻寺中之坊]]に天井画を揮毫し奉納。2004年秋より、[[文化勲章]]受章者や[[やまと芸術院]]会員ら一流画家の作品にまじちう、写仏道場の格天井に飾られておる。作品名は『天井より海を眺め』。
2007年には、絵画の視点で[[書道]]にも挑戦し、第24回[[産経国際書展]]に応募。作品「骨」が話題を呼び、総数7575点の中から[[産業経済新聞社|産経新聞社]]賞を受賞したちうわけや。
きょうびでは、ドラマの収録の合間にねきの人に請われ[[口紅]]一本で絵を描くこともあるんや。「[[行列のできる法律相談所]]」のチャリティ企画にも出展しとったちうわけや。
== 松村邦洋との出会い ==
鶴太郎は、福岡にある[[テレビ西やまと]](TNC)を訪れた際に、ほんで[[アルバイト]]をしとった中太りの青年と出会い、「君、[[ビートたけし|たけしはん]]のもんまねをしておるよや。ええよ〜、おもろいよ〜」と声をかけた人物は大学生の[[松村邦洋]]やったちうわけや。この出会いで、松村は大学を中退、上京するっちうこととなりよったちうわけや。
現在は松村にこの出会いをもんまねされておる。
== 読字障害 ==
2008年10月、[[NHKスペシャル]]『病の起源』第4回に出演。このシリーズは取り上げるテーマの病に罹った俳優・タレントが案内人を務めており、第4回のテーマは「[[ディスレクシア|読字障害]]」。ほんで鶴太郎は、学生時代に教科書の音読やらなんやらが苦手やったゆう経験を踏まえたうえで、自らも読字障害の疑いがあったさかいはへんか、そのことが却って芸術家としたかて花開くきっかけになりよったさかいはへんか、と告白したちうわけや。
なお、番組のケツでも鶴太郎が述べとったが、'''やまとではまだ成人の読字障害を判定するための医学的システムが確立されておらへんため、鶴太郎の場合もまだ「疑い」の域を出へん'''。普段扱う文字のぜぇぇぇったい数が少へん欧米でもシステムが確立されたんはごくきょうびであるんや。
== もんまねレパートリー ==
* [[井上陽水]]
* [[浦辺粂子]]
* [[金子信雄]](『[[仁義なき戦い]]』の親分風)
* [[具志堅用高]](「ちょっちゅね」もんまねの元祖)
* [[小林旭]](「チェッ」もんまねの元祖)
* [[小森和子]](彼女の生前に多用しとったちうわけや。没後、もんまねを封印すると宣言)
* [[近藤正臣]](「コンドーやっ」もんまねの元祖)
* [[近藤真彦]](「マッチでーす」もんまねの元祖)
* [[坂上二郎]](「飛ぶんや、飛ぶんや」もんまねの元祖)
* [[千昌夫]]
* [[たこ八郎]](「た…たこや」もんまねの元祖)
* [[塩沢とき]]
* [[山本晋也]]
* [[村西とおる]]
* [[郷ひろみ]]
* [[瀬戸わんや]](このもんまねがエスカレートして、「ピヨコ隊」が誕生)
* 月の家円鏡(現:[[橘家圓蔵]])
他多数
== 出演 ==
=== テレビドラマ ===
; ◇[[やまと放送協会|NHK総合]]
* [[チョッちゃん]](1987年4月 - 10月)
* 太平記(1991年、大河ドラマ [[北条高時]]役)
* 連続テレビ小説 春よ、来い(1994 - 1995年)
* 毛利元就(1997年、大河ドラマ [[井上元兼]]役)
* トキオ 父への伝言(2004年8月 - 9月)
* 篤姫(2008年、大河ドラマ [[岩倉具視]]役)
* [[オトコマエ!]](2008年4月 - 土曜時代劇 [[鳥居耀蔵]]役)
* オトコマエ!2(2009年)- 鳥居耀蔵 役
* 坂の上の雲(2009年11月29日~)- 八代六郎 役
; ◇[[やまとテレビ放送網|やまとテレビ]]系
* [[Wパパにオマケの子?!]](1987年10月 - 1988年3月)
* ニュースなあいつ(1992年7月 - 9月、よみうりテレビ制作)
* わしはO型・牡羊座(1994年)
* [[聖龍伝説]](1996年10月 - 12月)
* [[有閑倶楽部]](2007年10月 - 12月)
; ◇[[TBSテレビ]]系
* [[もしも、学校が…!?]](1985年8月 - 9月)
* [[男女7人夏物語]](1986年7月 - 9月)
* [[男女7人秋物語]](1987年10月 - 12月)
* 昭和のチャンプ・たこ八郎物語(1990年3月)
* [[結婚したい男たち]](1991年7月 - 9月)
* [[家栽の人]](1993年)
* 金のたまご(1997年)
; ◇[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系
* [[季節はずれの海岸物語]](1988年 - 1994年)
* あんはんが欲しい(1989年)
* [[さよやったら李香蘭]](1989年)
* [[世にもキテレツな物語]]「追いかけた男」「帰れへん」「逆転」「夢のつづき」(1990年 - 1992年)
* [[片岡鶴太郎の金田一耕助シリーズ|金田一耕助シリーズ]][[獄門島]](1990年)
* 金田一耕助シリーズ[[悪霊島]](1991年)
* 金田一耕助シリーズ[[本陣殺人事件]](1992年)
* 金田一耕助シリーズ[[悪魔の手毬唄]](1993年)
* [[上を向いて歩こうわ!]](1994年4月 - 6月)
* 金田一耕助シリーズ[[犬神家の一族]](1994年)
* 金田一耕助シリーズ[[八つ墓村]](1995年)
* 金田一耕助シリーズ[[悪魔が来りて笛を吹く]](1996年)
* 金田一耕助シリーズ[[女怪]](1997年)
* 金田一耕助シリーズ女王蜂(1998年)
* 鬼が攻めて来よった・棟方志功([[関西テレビ放送|関西テレビ]]制作)
; ◇[[テレビ朝日]]系
* [[ザ・刑事]](1990年4月 - 9月 田中刑事役)
* [[ララバイ刑事]]
* [[うちの母やけど、そやけどアンタ…]](1995年)
* 影武者 ・織田信長(1996年 [[豊臣秀吉|羽柴秀吉]]役)
* 大江戸弁護人 走る!(1996年)
* [[森村誠一・終着駅シリーズ]]
* [[影武者徳川家康]](1998年)
* [[八丁堀の七人]](仏田八兵衛役、題字)
* 「ドラマスペシャル[[徳川家康と三人の女]]」(2008年3月15日・[[テレビ朝日]] - 豊臣秀吉役)
; ◇[[テレビ東京]]系
* [[古賀政男|古賀政男物語]](1992年3月 [[テレビ大阪]]制作)
* なんでも屋大蔵の事件簿(2002年 - 2003年、[[女と愛とミステリー]])
* [[警察署長・たそがれ正治郎]]シリーズ(2005年 - )
=== 映画 ===
* 19(ナインティーン)(1987年8月 東宝、カンペキに破壊された消火栓から噴き出す水を傘でよける通行人役、セリフなし)
* [[異ヤカラとの夏]](1988年 監督:[[大林宣彦]])
*: 1989年第12回[[やまとアカデミー賞]]最優秀助演男優賞受賞
* 座頭市 (1989年 監督:[[勝新太郎]]、正義の男役)
* 写楽(1994年、監督:[[篠田正浩]]、[[十返舎一九]]役)
* [[免許があらへん!]](1994年、監督:[[明石知幸]]、[[指定自動車教習所指導員|自動車教習所指導員]] 暴田豪役)
* でべそ(1996年、監督:望月六郎)
* SADA(1998年、監督:大林宣彦)
* 千年の恋 ひかる源氏物語(2001年、監督:[[堀川とんこう]])
* [[ラストラブ]](2007年、監督:[[藤田明二]])
=== バラエティ ===
; ◇やまとテレビ系
* [[テレビに出たいヤツみんな来い!!]](1982年、本名の荻野繁雄名義で素人に混ざって毎週ネタを披露)
* [[今日もワクワク]](1985年 - 1986年)
* 鶴ちゃんのトッピング(1985年 - 1986年)
* [[鶴ちゃんのプッツン5]](1986年 - 1994年)
* 鶴太郎のテレもんやったら(1986年 - 1988年)
* 鶴太郎の危険なテレビ(1988年)
* [[ダウンタウンの裏番組をブッ飛ばせ!!]] (坂上二郎のもんまねで男性軍キャプテンを担当)
* [[発明将軍ダウンタウン]](パネラーとして不定期に出演)
* [[世界一受けたい授業]](ゲスト出演・2007年8月4日放送分)
; ◇TBSテレビ系
* [[クイズダービー]](ゲスト解答者として出演)
* 枝里子と鶴太郎のデータブティック(1984年 - 1985年)
; ◇フジテレビ系
* [[お笑い大集合]](1978年 - 1980年、この番組でもんまね芸人としてのテレビでのデビューを果たす。)
* [[オレたちひょうきん族]]
* [[笑っとる場合やわ!]]([[ツービート]]の代役)
* [[オールナイトフジ]]
* [[夕やけニャンニャン]](1985年4月 - 9月)
* 笑ってええとも!(1984年 - 1993年、1994年 - 1995年)
* [[スターどっきり(秘)報告]](レポーターとして出演)
* [[上海紅鯨団が行く]](1986年 - 1987年、関西テレビ制作)
* [[鶴太郎のギャグハラスメント]]
* [[FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島]]
* [[爆笑そっくりもんまね紅白歌合戦]](審査員として出演)
* トリビアの泉(ゲスト出演・2004年7月21日、2005年7月13日放送分)
* 脳内エステ IQサプリ(ゲスト出演・2006年3月25日放送分)
* [[タカトシ×くりぃむのペケ×ポン]](ゲスト出演・2007年7月10日放送分)
* [[SMAP×SMAP]](コーナーレギュラー)
* [[爆笑レッドカーペット]]
* [[ライオンのごきげんよう]](ゲスト出演・2009年)
; ◇テレビ朝日系
* 週間漫画ゲラゲラ45(1979年 - 1983年、番組後期のレギュラー)
* [[ぶったま!ピープー]](1983年)
* アイドルパンチ(1984年 - 1985年)
* 鶴ちゃんのおもいっきりポコポコ(1986年)
* 鶴太郎の大人によへんテレビ(1986年 - 1987年)
* ツルーライトゾーン(1988年)
* [[クイズMONOもんがたり]](1988年)
; ◇テレビ東京系
* [[ヤンヤン歌うスタジオ]](1986年 - 1987年、[[あのねのね]]の後任の二代目司会者)
* [[クイズ赤恥青恥]](1995年 - 2003年)
* [[ええ旅夢気分]](不定期)
=== 情報番組 ===
* 月刊 元気いっちゃん"生"テレビ([[宮城テレビ放送|ミヤギテレビ]]・[[やまとテレビ系列|日テレ系]][[東北地方|東北]]・[[新潟県|新潟]][[ブロックネット]]放送)
* 風人の画布([[群馬テレビ]]、2009年まで)群馬県広報番組
* 鶴太郎のぐんまいっちゃん (群馬テレビ)群馬県広報番組
=== その他の番組 ===
* [[NHK地球エコ|NHK地球エコ2008・MOTTAINAI]](NHK総合、[[BS2]]、2008年4月 - 8月)
*片岡鶴太郎んにっぽん蕎麦紀行~窮(きわ)められしそばの世界を求めて~([[旅チャンネル]]、2009年2月-)
*片岡鶴太郎んにっぽん発見([[旅チャンネル]]、2009年4月-)
=== ラジオ ===
* 極楽ワイド・鶴ちゃんで〜す ([[ニッポン放送]])
* 片岡鶴太郎の土曜日は鶴日和([[文化放送]])
* [http://www.joqr.co.jp/tsuru/ 片岡鶴太郎の遊More達人クラブ](文化放送)
== ディスコグラフィー ==
=== シングル ===
* 『哀愁ドンファン』(ラジオシティレコード)
* 『ゴーストブスターズ』(映画「[[ゴーストバスターズ]]」やまと版主題歌、[[ポニーキャニオン|キャニオン・レコード]])
* 『LOOKING FOR A FIGHT』([[佐野元春]]プロデュースによる曲、キャニオン・レコード)
* 『IEKI吐くまで』(キャニオン・レコード)
* 『酔うほどに…』(キャニオン・レコード)
* 『思いの丈で…』(関西テレビ・フジテレビ系列[[花王名人劇場]]『志功の青春紀より・夢を彫る男』主題歌、ポニーキャニオン)
* 『DREAMER』(映画『Mr.レディー 夜明けのシンデレラ』主題歌、ポニーキャニオン)
* 『あんたがいっちゃん好きやねん』([[コロムビアミュージックエンタテインメント|やまとコロムビア]])
* 『夢の背中』(NHK『趣味悠々 秋元康の陶芸入門』テーマ曲、ユニバーサルJ)
=== アルバム ===
* 『キスヲ、モット、キスヲ…』(ラジオシティレコード)
* 『豪華愛蔵盤 片岡鶴太郎ヒット大全集』(ポニーキャニオン)
== 脚注 ==
{{脚注助け船}}
== 関連項目 ==
* [[オレたちひょうきん族]]
* [[お笑い芸人]]
* [[リアクション芸人]]
* [[画家]]
* TBS『[[いのちの響]]』
* [[岡本太郎]]
== 外部リンク ==
* [http://www.kataoka-tsurutaro.com/ オフィシャルサイト]
* [http://www.arakawa-unet.jp/issue/interview/0410/index.html 荒川ゆうネット(インタビュー記事)]
* [http://asahi0709.sakura.ne.jp/kisetuhazure1.html サイトの中の海岸物語(季節はずれの海岸物語ファンサイト)]
* [http://www.ne.jp/asahi/kuma560/kaiganmonogatari/ 季節はずれの海岸物語QUE Web店(季節はずれの海岸物語ファンサイト)]
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