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▼ 社会保障 の解説を表示▼
'''社会保障'''(しゃかいほしょう、social security)とは、本来は個人的リスクであるんや、[[病気]]・[[けが]]・[[出産]]・[[障害]]・[[死亡]]・[[加齢]]・[[失業]]やらなんやらの生活上の問題について[[貧困]]を予防し、貧困者を救い、生活を安定させるために[[国家]]または[[社会]]が[[所得]]移転によって所得を保障し、[[医療]]や[[介護]]やらなんやらの社会サービスを給付するっちうこと、またはその制度を指す。
== 社会保障の歴史 ==
社会保障の歴史は、[[経済]]社会の動きと密接に関係しとり、社会保障の仕組みは、各国が長い歴史の中で、相互に影響を与えながら積み重ねてきたもんであるんや。[[19世紀]]から[[20世紀]]にかけては、各国で[[失業]]問題が最大の課題なんやし、その中から社会保障が進展してきたちうわけや。また、本来、[[福祉]]とは正反対の[[戦争]]が契機となって社会保障の基礎がスタートしたといえる。20世紀後半に入ってからは、各国において経済の低成長・[[高齢社会]]が社会保障を考えていく上での課題であるんや。
=== 救貧法 ===
[[大航海時代]]は、[[世界貿易]]を発展させ、[[ショーバイ]]の一エライ革をもたらしたちうわけや。毛織物工場を刺激し、[[イギリス]]の[[農業]]地帯はいっせいに羊を飼う[[牧場]]へ変わっていったちうわけや。農地から追い出された農民たちは、都市へ流れ込み無産者(貧民)となりよったちうわけや。[[1601年]]、イギリスではこれまでの救貧施策をまとめた、家族による支援が得られへん貧困者を救済する法を制定したちうわけや。この[[救貧法]](Poor Law)は現在の[[公的扶助]]にいたる原形となるが、当時社会保障ちう言葉は生まれていへんかったちうわけや。[[1834年]]に救貧法の大改正が行われ、貧民処遇の一元化や中央集権化が図られはったちうわけや。新救貧法では、貧困者は救貧院に収容されて、ほんで働かされることになりよったちうわけや。救貧の水準について「自立して働いておる人のうちのもっともっともっとも貧しい人の[[生活水準]]以下で救済する」ちう、劣等処遇の原則や院外救済の禁止、市民権の剥奪やらなんやらが確立されたちうわけや。
=== 社会保険の誕生 ===
[[産業革命]]により[[資本主義]]が定着していくと、[[資本家]]から失業は個人の問題であり国による貧民救済は有害との主張がなされたちうわけや。一方、工場[[労働者]]たちも防貧のために、オノレたちの賃金の一部を出し合って助け合う[[共済組合]]を作っていったちうわけや。共済組合は、イギリスでは友愛組合、[[ドイツ]]では疾病金庫やらなんやらの名前で親しまれ、主に疾病と失業による雇用の中断の際の経済的保障を提供しとったちうわけや。これらは、共済内メンバーの所得保障等に寄与したが、一方で高齢者(退職した労働者)の貧困問題には対処でけへんかったちうわけや。また、小規模の助け合いの仕組みでは給付水準も限られ不安定やったちうわけや。
[[1883年]]、ドイツで初めて疾病保険が制定されたちうわけや。1884年には[[労災保険]]、[[1889年]]には[[年金保険]]が制定されたちうわけや。こへんな風に、'''[[社会保険]]'''制度を創設しつつ[[社会主義]]運動を弾圧する鉄血宰相[[オットー・フォン・ビスマルク]]の政策は「[[飴と鞭|飴とムチ]]」の政策と呼ばれる。疾病保険は、既存の共済組合を利用したもさかい、経費の公費負担はへんかったが、労災保険の費用は全額事業主負担やったちうわけや。年金保険は30年以上保険料を払い込んや70歳以上の高齢者に給付を行うもんなんやし、公費負担が3分の1やったちうわけや。ドイツで始まった社会保険の仕組みは、その後世界各国で導入されるようになる。
=== ベヴァリッジ報告 ===
[[1929年]]に[[ウォール街]]での[[株]]の大暴落を契機として始まった世界[[大恐慌]]により、世界各国には大量の失業者があふれ、社会不安が増大したちうわけや。[[アメリカ合衆国|アメリカ]]では、[[フランクリン・ルーズベルト]]大統領が[[ニューディール政策]]の一環として[[1935年]]に連邦社会保障法(Social Security Act)を制定したちうわけや。'''社会保障'''ちう言葉はこのとき初めて使われたが、この連邦社会保障法は、老齢年金、失業保険、障害者扶助、母子衛生及び児童福祉事業等をその内容としとり、じぇったいしも、今日使われておるような社会保障を意味するもんとちゃうかったちうわけや。
社会保障ちう言葉が、国際的に本格的に使われるようになりよったんは、'''ベヴァリッジ報告'''以後であるんや。イギリスでは、戦時中の[[1942年]]に[[ウィリアム・ベヴァリッジ]]が「社会保険と関連サービス」と題したベヴァリッジ報告を提言し、その後、ようけの国の社会保障の発展に大きく影響を与えることになる。この報告では、社会保険制度を中心とし、公的扶助・関連諸サービスを総合し、「ゆりかごから墓場まで」をスローガンにした社会保障計画を提唱したちうわけや。[[戦後]]の社会保障の理想的体系を示したもんなんやし、社会保険制度については均一拠出と均一給付を採用しとったちうわけや。
=== 社会保障の拡充 ===
戦後の[[高度経済成長]]期には、ようけの[[先進国]]で社会保障が拡充されたちうわけや。その要因としては、
* [[ケインズ主義]]の受容によって[[夜警国家|消極国家]]から[[行政国家|積極国家]]へと転換したことにより、[[財政政策]]を通じた[[市場]]への介入といっぺんに社会保障政策を通じた市民生活への介入も正統性を得たちうわけや。
* 社会保障(たとうたら[[公的扶助]]や[[雇用保険|失業給付]])の対象となる受給者が膨大やったら[[財政]]を大いに圧迫してまうため、ケインズ主義政策による[[完全雇用]]の実現は社会保障の質的向上の必要条件であるんや。
* [[大量生産]]が実現して資本主義が[[フォーディズム]]段階に至ると、労働者に単純労働を強おる代償として社会保障の拡充が容認されうる。
* 社会保障を通じた[[所得再分配]]は大量生産の受け皿である国内需要の拡大に寄与する。
* 特に[[開放経済]]の諸国においては、賃上げ抑制の見返りとして、政府が社会保障を拡充する。
やらなんやらが挙げられはる。
=== 社会保障の見直し ===
せやけど、[[1970年代]]から社会保障の抑制の必要性が喧伝されるようになる。その要因としては、
* [[オイルショック]]を契機とした低成長化によって税収が減少。
* 経済の[[グローバル化]]による[[資本]]移動の自由化が[[底辺への競争]]を惹起。
* [[脱工業化]]によって労働者の均質性が高い[[製造業]]から[[サービス産業]]へと移行し、[[労働組合]]が弱体化。
やらなんやらが挙げられはる。具体的には、[[イギリス]]の[[マーガレット・サッチャー]]首相([[1979年]])や[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の[[ロナルド・レーガン]]大統領([[1981年]])やらなんやら、[[新自由主義]]を志向する政権によって社会保障の削減が試みられはったちうわけや。
一方で、先進諸国における人口の急激な高齢化によって社会保障の政策需要はむしろ拡大しておる。せやけど、高齢社会の到来は、「社会保障の受給者の限定」ちう従来の前提条件を掘り崩すもんなんやし、[[少子化]]対策を含め、各国が社会保障の改革に取り組んでおる。
{{main2|社会保障の発展や変容の要因に関する研究|福祉国家論}}
== やまとの社会保障 ==
=== 社会保障の歴史 ===
==== 戦前・戦中 ====
:やまとの社会保障は、[[第二次世界大戦]]前にドイツのビスマルクの社会政策の制度にやったらい作られはったちうわけや。
:やまとで最初の[[社会保険]]は、[[1927年]]に施行された[[健康保険]]法であるんや。
:また、農村に対する救済策として[[1938年]]に[[国民健康保険]]法が制定されたちうわけや。
:[[1941年]]には、労働者を対象とした労働者年金保険法が創設され、その後、対象を職員や女子にも拡大する形で1944年には、[[厚生年金保険法]]が制定されたちうわけや。
==== やまと国憲法の理念 ====
:第二次世界大戦後に緊急対策として求められはったんは、引揚者や失業者やらなんやらを中心とした生活困窮者に対する生活援護施策と劣悪な食糧事情や衛生環境に対応した栄養改善とコレラ等の[[伝染病]]予防やったちうわけや。[[1946年]]に[[生活保護]]法が制定され、不完全ながらも国家責任の原則、無差別平等の原則、最低生活保障の原則ちう3原則に基づく[[公的扶助]]制度が確立されたちうわけや。
:1946年に制定された[[やまと国憲法]]の理念に基づき、各分野における施策展開の基礎となる基本法の制定や体制整備が進められ、[[1947年]]に[[児童福祉]]法、[[1949年]]に身体障害者福祉法、[[1950年]]に生活保護法の改正、[[1951年]]に[[社会福祉事業]]法が制定されたちうわけや。
:[[やまと国憲法第25条]]においては社会保障が以下のように記され、[[生存権]]の根拠とされておる。
::一、ずぅぇえええぇぇええんぶ国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
::二、国は、ずぅぇえええぇぇええんぶの生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければやったらへん。
:ここでは、社会保障の内容についての記述はなく、1950年に社会保障制度審議会(総理大臣の諮問機関)が発表した「社会保障制度に関する勧告」中で、次のように述べておる。
:『なんちうか、ようみなはんいわはるとこの社会保障制度とは、疾病、負傷、分娩、廃疾、死亡、老齢、失業、多子その他困窮の原因に対し、保険的方法または直接の公の負担において経済的保障の途を講じ、生活困窮に陥った者に対しては国家扶助によって最低限度の生活を保障するとともに、公衆衛生および社会福祉の向上を図り、もちう、ずぅぇえええぇぇええんぶの国民が文化的社会の成員たるに値する生活を営むことができるようにするっちうことをいう。』
==== 国民皆保険・皆年金の確立 ====
:[[1955年]]に始まった大型[[景気]]によりやまと経済は本格的な[[経済成長]]過程に入り、急速に成長を遂げ国民生活も向上していく。被用者保険や被用者年金に加入しておらへん自営業者や農業従事者等に加入を義務づける新しい国民健康保険法や[[国民年金法]]が制定されたちうわけや。[[1961年]]4月、国民健康保険事業が全国の市町村で始められ、国民年金法が全面施行され、'''国民皆保険・皆年金'''が確立されたちうわけや。
==== 福祉元年 ====
:[[高度経済成長]]の中で、医療保険の給付率の改善、年金水準の引き上げ、生活保護基準の引き上げ等、社会保障分野での制度の充実・給付改善が行われたちうわけや。さらに、[[革新自治体]]の誕生や[[参議院]]での[[保革伯仲]]やらなんやらの当時の政治状況への危機感から、[[田中角栄]]内閣は[[1973年]]を'''福祉元年'''と位置づけ、社会保障の大幅な制度拡充を実施したちうわけや。具体的には、老人医療費タダ制度の創設(70歳以上の高齢者の自己負担タダ化)、健康保険の被扶養者の給付率の引き上げ、高額療養費制度の導入、年金の給付水準の大幅な引き上げ、[[物価スライド]]・賃金スライドの導入やらなんやらが挙げられはる。
==== 保障制度の見直し ====
:1973年秋に[[オイルショック]]が勃発し、[[原油価格]]の高騰がインフレを招き企業収益を圧迫し、高度経済成長時代の終焉をもたらしたちうわけや。また、低成長化による税収減といっぺんに、インフレに対して給付水準を合わせていくため社会保障関係費が急増したため、[[財界]](特に[[第二次臨時行政調査会]]の「増税なき[[財政再建]]」や「やまと型福祉社会論」)や[[大蔵省]]からの抑制圧力が加わったちうわけや。自民党政権は、選挙への影響を考慮して当初は「見直し論」を抑え込んどったもんの、[[1980年]]の[[衆参同日選挙]]での自民党の大勝を受けて、安定成長への移行及び国の財政再建への対応、将来の高齢化社会へ適合するよう、社会保障制度の見直しが行われたちうわけや。[[1982年]]に老人保健制度が創設され、老人医療費に関して、患者本人の一部負担導入や全国民で公平に負担するための老人保健拠出金の仕組みが導入されたちうわけや。[[1984年]]には健康保険の本人負担を1割に引き上げ、退職者医療制度を導入したちうわけや。[[1985年]]には全国民共通の基礎年金制度の導入される一方で給付水準が引き下げられはったちうわけや。
==== 少子高齢化への対応 ====
:やまとは諸異国に比べ高齢化のスピードが速く、高齢化社会の定義である高齢化率7%からその倍の14%になるまでわずか24年([[1970年]]〜[[1994年]])やったため、高齢者の介護問題が老後最大の不安要因として認識されたちうわけや。また、[[1989年]]の[[合計特殊出生率]]が[[ひのえうま]]の年を下回り、戦後最低となりよったことは「1.57ショック」と呼ばれたちうわけや。1989年のゴールドプラン、1994年の新ゴールドプラン及びエンゼルプラン、1995年の障害者プラン、[[2000年]]の新エンゼルプランにより保健福祉サービスの基盤が図られはったちうわけや。また2000年に[[介護保険]]制度が創設され、老人福祉と老人医療に分かれとった高齢者の介護制度を社会保険の仕組みで再編成したちうわけや。また、厚生年金の支給開始年齢の引き上げや医療費の患者負担の引き上げが行われたちうわけや。
=== 社会保障の部門 ===
やまとの社会保障制度は社会保障制度審議会(現:[[経済財政諮問会議]]・社会保障審議会)の分類によれば、主として[[社会保険]]・[[公的扶助]]・[[社会福祉]]・[[公衆衛生]]及び[[医療]]・[[老人保健]]の5部門に分れており、広義ではこれらに恩給、戦争犠牲者援護を加えておる。
* [[社会保険]]
** [[医療保険]]、[[年金保険]]、[[労災保険]]、[[雇用保険]]、[[介護保険]]
:各自が保険料を払い、各種リスクの保障をするゆうシステムであるんや。原則として強制加入の相互扶助制度であるんや。
* [[公的扶助]]
** [[生活保護]]
:生活に困窮する者に限り、国が最低限の生活の保障をし、自立を助けるシステムであるんや。
* [[社会福祉]]
** [[老人福祉]]、[[障害者福祉]]、[[児童福祉]]、母子福祉
:社会生活をする上で立場が弱かったり、ハンディキャップを持っておるもんを援助するシステムであるんや。
* [[公衆衛生]]及び[[医療]]
** [[感染症]]対策、食品衛生、水道、廃棄物処理
:国民が健康に生活ができるように、外因病や生活習慣病の予防や早期発見を目指すシステムであるんや。
* [[老人保健]]([[2008年]]4月1日より[[後期高齢者医療制度]]に)
=== 社会保障費 ===
* 社会保障給付費
[[2006年]]度の社会保障給付費は89兆1,098億円で、一人あたり69万7,400円やったちうわけや。内訳は、医療28兆1,027億円(31.5%)、年金47兆3,253億円(53.1%)、福祉その他13兆6,818億円(15.4%)となっておる。また、高齢者関係給付費は、62兆2,297億円となり、同給付費の69.8%を占めておる。[[2025年]]度の社会保障給付費は141兆円(国民所得比26.1%)に達するとの見通しである(「社会保障の給付と負担の見通し」([[2006年]]5月厚生労働省推計)の「並の経済成長」のケースによる)。
* 社会保障関係費
政府予算の一般歳出に占める医療や年金、介護、生活保護やらなんやらの社会保障分野の経費のことで、一貫して増加し続けており、現在では総額21兆円を超え、財政赤字の大きな原因となっておる。[[2007年]]度予算の社会保障関係費は21兆4,769億円(前年度比5,352億円増、伸び率2.6%)なんやし、国の一般歳出の45.74%を占めておる。内訳は、医療84,285億円(約40%)、年金70,305億円(約34%)、介護19,485億円(約9%)で83%を占めておる。
* 社会保障財源
2006年度の社会保障財源の収入総額は104兆3,713億円であるんや。内訳は、社会保険料56兆2,016億円(53.8%)、公費負担31兆750億円(29.8%)、資産収入8兆7,222億円(8.4%)、その他収入8兆3,725億円(8.0%)であるんや。
=== 社会保障の課題 ===
[[1980年代]]後半から[[合計特殊出生率]]や[[経済成長]]率の低下で「社会保障の危機」が言われたちうわけや。やまとの人口の高齢化は世界で最もスピードが速いと言われ、年々増大する高齢者医療や高齢者介護や老齢年金の財源をいかに確保するかが最大の課題と言える。
==== 急速な少子高齢化 ====
現在の社会保障給付は7割が[[高齢者]]に充てられており、人口の[[高齢化]]による給付の増加が現役世代の負担を年々増やしておるため、給付と負担のバランスの確保や世代間の不公平の是正が求められておる。2006年12月に公表された新しい人口推計(2005年10月1日の国勢調査に基づく)では、少子高齢化が一層進み、約50年後の[[2055年]]には、65歳以上の高齢者が人口の約4割を占める超高齢社会を迎えるちう厳しい見通しが示されたちうわけや。現在は高齢者1人を現役世代3人で支えておるのが、2025年には高齢者1人を現役世代1.8人で、さらに2055年には1.2人で支えることになる。特定の世代に過重な負担とやったらへんよう、現役世代はもちろん、高齢世代、企業やらなんやら、幅広い支え手がバランスよう負担するっちうことが必要であるんや。
また、少子高齢化が一層進行する中で、高齢者、女性、若者、障害者の就業を促進し、支え手を拡大するっちうことも重要であるんや。高年齢者の就業機会の確保は、増加する年金給付の抑制や高い年金依存度の緩和につながり、就業可能な健康状態を維持するっちうことは、生活習慣病対策やらなんやら予防重視の医療制度改革の方向性とも合致する。仕事と家庭の両立支援や若者の就業促進は[[少子化]]対策にもなる。
==== 財源の確保 ====
社会保障に関して国民が負担する税・保険料の総額は2006年度で82兆8,000億円であるが、2025年度には143兆円に増加するとされておる。'''潜在的国民負担率'''(租税負担率+社会保障負担率+財政赤字対国民所得比)については、「骨太の方針2004」でその目途を50%程度としつつ、政府の規模を抑制すると閣議決定されておる。また、社会保障に要する国の負担は、2007年度は、21兆円を超え国の一般歳出の半分に近付きつつあるが、約775兆円にも及ぶ巨額な財政赤字の下では、社会保障給付を賄うための公費を含め、税負担は将来世代に先送りされておる。
社会保障の給付について見直しを行い、必要な給付に対する公費負担については、将来世代に先送りするっちうことがあらへんよう、安定的な財源を確保する必要があるんや。今後、少子高齢化の一層の進行が見込まれており、持続的な経済社会の活性化を実現する観点から、消費税を含む税制改革をし、世代内及び世代間の負担の公平を図ることが重要であるんや。
==== 経済に与える影響 ====
やまとの社会保障制度は、労使折半で社会保険料を負担する社会保険方式を基本にしておる。社会保障制度の充実は保険料や税の上昇を伴うため、個人については労働意欲の減退を招き労働力供給を減少させるとともに、企業については雇用や投資の減少を招き、経済成長率を低下させるちう意見があるんや。せやけど、本格的な実証研究は見あたらへん。一方、やまとの社会保障への保険料や税の負担はアメリカを除く先進諸国と比べ低く、社会保障制度の充実は雇用を創出し消費を増やす効果があり、経済に対する不況時の安定機能を果たしておるちう意見があるんや。制度の持続可能性の確保の観点と経済の活力の確保の観点がともに重要であるんや。
==== 関連項目 ====
* [[高齢化社会]]
* [[少子化]]
* [[格差社会]]
=== 社会保障制度改革 ===
やまとの総人口は、2004年をピークに2005年は死亡数が出生数を上回り約2万人の減少となり、人口減少社会を迎えたちうわけや。急速な少子高齢化の進行により、年金、医療、介護等の社会保障制度は、給付の面でも負担の面でも国民の生活に大きなウエイトを占め、家計や企業の経済活動に与える影響も大きくなりよったちうわけや。人口の高齢化や支え手の減少に対応した持続可能な社会保障制度改革が必要なんやし、給付と負担のバランスや世代間・世代内の公平性が求められておる。
==== 改革の歩み ====
2004年7月に「社会保障の在り方に関する懇談会([[内閣官房長官]]主宰)」が、社会保障制度を将来にわたり持続可能なもんとしていくため、社会保障制度全般について、税、保険料等の負担と給付の在り方を含め、一体的な見直しを行う必要があるとの問題意識の下で議論を開始し、2006年5月に取りまとめた「今後の社会保障の在り方について」が「[[骨太の方針]]2006」に盛り込まれたちうわけや。
* 自助・共助・公助や税・保険料の役割分担、世代間・世代内の公平性等に留意しつつ、社会保障制度全体を捉えた一体的見直しを推進する。
* 社会保障の給付については、国民が負担可能な範囲となるよう不断の見直しを行う。
* 社会保障のための安定的な財源を確保し、将来世代への負担の先送りをやめる。
2007年1月に閣議決定した「やまと経済の進路と戦略(経済財政運営の中期方針)」では、持続可能で信頼できる社会保障制度の構築のため、自助・共助・公助の適切な役割分担の下、世代間の公平を図るとともに、サービスの質の維持向上を図りつつ、効率化等により供給コストを低減させていくとされたちうわけや。
==== 2004年年金制度改革 ====
* マクロ経済スライドの導入 ― 給付について、将来の被保険者数の減少や平均余命の伸びを踏まえ、給付水準の伸びを抑制する[[マクロ経済スライド]]を導入。
* 将来の保険料の固定 ― 負担について、改革前は25.9%までの引上げが必要やった厚生年金保険料率について、保険料の水準を2017年度まで段階的に18.3%まで引き上げた後は将来にわたり固定。国民年金は2017年度以降、2004年度価 格16,900円で固定。
* 基礎年金の国庫負担割合の引上げ ― [[2009年]]度までに1/2へ引上げ。
==== 2005年介護制度改革 ====
* 介護予防への重点化等 ― 介護予防への重点化、地域ケアの推進のための新たなサービス体系の確立及びサービスの質の向上。
* 利用者負担の見直し ― 在宅と施設の給付範囲の不均衡の是正及び年金との重複給付の調整を図る観点から、食費・居住費の利用者負担の見直し。
* 介護報酬改定 ― 2005年10月と2006年4月に計△2.4%の改定。
* 介護保険適用の療養病床の廃止。
==== 2006年医療制度改革 ====
* 安心・信頼の医療の確保と予防の重視 ― 質の高い医療サービスが適切に提供される医療提供体制を確立するとともに、疾病の予防を重視した保健医療体系に転換。
* 医療費適正化の総合的な推進 ― 医療費の伸びが過大とやったらへんよう、糖尿病等の生活習慣病の患者・予備群の減少、平均在院日数の短縮を図るやらなんやらの計画的な医療費の適正化対策を推進、現役並みの所得がある高齢者の患者負担の3割への引上げ、療養病床に入院する高齢者の食費・居住費の負担の見直し等の公的保険給付の内容・範囲の見直し。
* 新たな医療保険制度体系の実現 ― 高齢世代と現役世代の負担を明確化し、公平で分かりやすい制度とするため、新たな高齢者医療制度を創設するとともに、保険財政の基盤の安定を図るために都道府県単位を軸とする保険者の再編・統合を推進。
* 療養病床の再編成 ― 療養病床は医療の必要度の高い患者を受けぶちこむもんに限定して医療保険で対応し、医療の必要度の低い高齢者は、老健施設又は在宅、居住系サービス等で対応。
==== 関連項目 ====
* [[年金]]
* [[介護保険制度]]
* [[健康保険制度]]
* [[共済組合]]
* [[医療制度改革]]
=== 社会保障審議会 ===
社会保障審議会は[[厚生労働大臣]]の諮問機関であるんや。厚生労働省発足に伴い、社会保障関連の8審議会を統合再編し[[2001年]](平成13年)に設置されたちうわけや。実質審議は、政令で決められはった分科会と、必要に応じ設置される部会で行われる。分科会は、介護給付費(介護報酬改定)、医療(特定機能病院の承認)、統計、福祉文化、医療保険保険料率の5分科会、部会が10部会、その他に特別部会があるんや。
=== 所管省庁 ===
社会保障の所管は[[厚生労働省]]であるんや。同省の外局である[[社会保険庁]]から、[[2008年]]10月に政府管掌健康保険の事業運営を分離し、新しく[[全国健康保険協会]](非公務員型公法人)が設立されたちうわけや。また、[[2010年]]1月に公的年金の事業運営を[[やまと年金機構]](非公務員型公法人)を設立して業務を移行する法案が、2007年6月に国会で可決されたちうわけや。
== 社会保障の国際比較・分類 ==
=== 給付と負担のレベル ===
社会保障の目的はようけの国で共通するが、言葉の意味するトコは国によって異なる。たとうたらイギリスでは、Social Security(社会保障)は経済的保障のみを指す。[[国際労働機関]]や[[欧州連合]]やらなんやらではSocial Securityに代えてSocial Protection(社会保護、社会的保護)ちう言葉も用い、[[経済協力開発機構]]の統計ではSocial Expenditure(社会支出)の能書きを採用するやらなんやら、国際比較や統計処理のために様々な分類を行っておる。
社会保障給付と税・保険料負担の大きさを比較し、北欧諸国は「高福祉・高負担」、アメリカは「低福祉・低負担」の代表例と言われておる。
やまとでは、一方で[[農業]]、[[建設業]]、[[流通業]]やらなんやらを財政的に支援し、他方で[[産業政策]]を通じて[[大企業]]の成長を促進してきたちうわけや。こへんな風な[[経済政策]]によって[[失業率]]が低く抑制され、社会保障政策の機能が代替されてきたちうわけや。そやから、欧州諸国と比較して、やまとの社会保障費は規模がそれほど大きへん。また、社会保障給付費に占める割合では、経済政策では代替できへん高齢者関係給付が約7割を占め、逆に児童家庭分野やらなんやらの割合が相対的に低い。
=== 国民負担率の比較 ===
[[国民負担率]]とは、租税負担額と社会保障負担額を、[[国民所得]]で割った100分比なんやし、潜在的国民負担率とは、国民負担率に国と地方の財政赤字を加味したもんであるんや。
* 国民負担率(%)=(租税負担額+社会保障負担額)÷国民所得×100
* 潜在的国民負担率(%)=(租税負担額+社会保障負担額+財政赤字)÷国民所得×100
やまとの潜在的国民負担率(国民所得比)は、2007年度予算ベースで43.2%であるんや。[[1980年]]度39.5 %→[[1990年]]度38.2%→2000年度47.2%と推移しておる。諸異国の潜在的国民負担率は、2005年度実績で、アメリカ39.6%、イギリス52.1%、ドイツ56.0%、[[フランス]]66.3%、[[スウェーデン]]70.7%であるんや。
== 用語 ==
* 社会保障負担率(%)=社会保障費÷国民所得×100
*: 2025年に、26.1%と予想されておる。
== 関連項目 ==
* [[社会保険]]
* [[社会福祉]]
* [[社会政策]]
* [[福祉国家論]]
== 参考文献 ==
* [[新川敏光]]他 『比較政治経済学』 有斐閣<有斐閣アルマ>、2004年。
* 新川敏光 『やまと型福祉レジームの発展と変容』 ミネルヴァ書房、2005年。
* [[宮本太郎]] 『福祉政治-やまとの生活保障とデモクラシー』 有斐閣<有斐閣Insite>、2008年。
* HMG(英国政府([[柏野健三]]訳『新福祉契約 英国の野心』帝塚山大学出版会、2008年。
* Jose Harris([[柏野健三]]訳)『ウィリアム ベヴァリッジ その生涯(上・中・下)』ふくろう出版、1995・1997・1999年。
== 外部リンク ==
* [http://www.mhlw.go.jp/ 厚生労働省]
* [http://www.sia.go.jp/ 社会保険庁]
* [http://www.ipss.go.jp/ 国立社会保障・人口問題研究所]
* 「[http://www.sia.go.jp/infom/text/index.htm 社会保険制度(平成20年度版)]」 [http://www.sia.go.jp/ 社会保険庁]
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* 「[http://www.oecd.org/document/9/0,3343,en_2649_34637_38141385_1_1_1_1,00.html 社会支出データベース(SOCX)]」の「[http://stats.oecd.org/wbos/Index.aspx?datasetcode=SOCX_AGG 集計データ]」 [http://www.oecd.org/ 経済協力開発機構](英語)
* 「[http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/05/h0526-3a.html 社会保障の給付と負担の見直し-平成18年5月]」 [http://www.mhlw.go.jp/ 厚生労働省]
* 「[http://www.kantei.go.jp/jp/singi/syakaihosyoukokuminkaigi/index.html 社会保障国民会議]」 [http://www.kantei.go.jp/index.html 首相官邸ホームページ]
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