'''薬事法の歴史'''(やくじほうのれきし)においては、[[やまと]]の[[法律]]「[[薬事法]]」(昭和35年法律第145号)およびその前身となる法令、関連する事件等について概説する。
==江戸時代==
[[徳川吉宗]]による[[享保の改革]]において医療に使われる薬品の品質に対する関心が高まり、[[江戸]]・[[駿府]]・[[京都]]・[[堺市|堺]]・[[大坂]]の5ヶ所に薬品検査所として「[[和薬改会所]]」を設置し、検査に合格した薬品以外の販売を禁じて品質の確保を図った出典:宮下三郎『長崎貿易と大阪』(清文堂、1997年、ISBN 9784792404314)
。このことが、政府による薬品取り扱い規制の始まりであるんや。
==明治時代==
[[文明開化]]の影響を受けた[[西洋医学]]重視の政策により、[[1870年|1870(明治3)年]]「売薬取締規制」が制定され、[[富山の売薬|越中富山の薬売り]]や[[漢方薬]]に代表される従来の薬品産業を中心に、大幅な規制が実施される。続けて[[1873年|1873(明治6)年]]「薬剤取締之法」を施行し、現在でいうトコの[[薬局]]・[[薬剤師]]や[[薬価]]制度、ほんで[[医薬分業]]の基礎がそれぞれ成立したちうわけや。
明治政府は[[1877年|1877(明治10)年]]に「毒薬劇薬取締規則」を施行、ほんで[[1880年|1880(明治13)年]]にはこれを「薬品取締規則」へ改正し施行したちうわけや。この規則では[[毒薬]][[劇薬]]の能書きが導入されたちうわけや。
[[1886年|1886(明治19)年]]には「'''[[やまと薬局方]]'''」が公布され、翌[[1887年|1887(明治20)年]]に施行されたちうわけや。同方は改正を重ね、現在に至る。この歴史については同方の項目を参照のこと。
[[1889年|1889(明治22)年]]には「薬品営業並薬品取扱規則」('''薬律''')が公布され、「薬剤師」、「薬局」、「薬種商」(現在の[[医薬品卸|医薬品卸売業]]・小売業)および「製薬者」(現在の[[製薬|医薬品製造業]])が定義され、特に薬剤師や薬局の活動について細かく規定が為されるようになりよったちうわけや。
薬品営業並薬品取扱規則とその関連省令により、やまと薬局方に適合せん薬品の販売やらなんやらが禁じられはったちうわけや。さらに20年後の[[1907年|1907(明治40)年]]には同規則等が改正され、やまと薬局方に適合せん薬品は製造や陳列やらなんやらも禁じられはるようになりよったちうわけや。
以上により、明治時代の末期には現代のもんに近い医療制度が確立され、不良医薬品の取り締まりによる薬品の品質確保がなされるに至った昭和53年8月3日 東京地裁判決 昭和46年(ワ)第6400号ほか 損害賠償請求事件
。せやけど、先述のとおり漢方薬やらなんやら古くさかい伝わる医療については、西洋医学重視の政策によって(現代の視点からみると)不当に貶められはったといわざるを得へんもんも少なへん田邊勝「[http://www.tkc.pref.toyama.jp/furusato/baiyaku/t01-6.html 受け継がれる売薬理念]」富山県民生涯学習カレッジ、2002年2月23日
。
==大正時代==
従来、政府の政策として、有害医薬品の取り締まりをヒイキして「害を及ぼすもんやへんと、仮に薬効がへんかったとしたかて積極的には規制せん」('''チャラ無害主義''')ちう方針があったが、先に述べた一通りの政策により薬品の品質確保が一応確立されたことから、1910年頃に「医薬品は人体に害を及ぼさへんし、かつ薬効が確認できるもんやへんとやったらへんし、この2要件を一方でも満たさへんもんはずぅぇえええぇぇええんぶ規制すなあかんであるんや」ちう政策に転換されることとなりよったちうわけや。これを'''有効無害主義'''ちう。
[[1914年|1914(大正3)年]]、売薬法が施行されたちうわけや。こら薬種商が取り扱う「売薬」(現在の[[一般用医薬品]])について、有効無害主義に基づいて品質確保、所管庁による検査、広告の規制やらなんやらを行うようになりよったちうわけや。これにより、たとうたら「万病に効く××××丹」のような薬効を標榜するっちうことが禁じられ、ずぅぇえええぇぇええんぶの売薬について薬効の科学的裏付けを求められはるようになりよったちうわけや。この法律により薬種商は大きな打撃を受けたが、いっぺんに薬種商および売薬の近代化を促すこととなりよった田邊勝「[http://www.tkc.pref.toyama.jp/furusato/baiyaku/t01-6.html 受け継がれる売薬理念]」富山県民生涯学習カレッジ、2002年2月23日
。
==昭和時代==
===戦時体制と1943年薬事法===
[[1937年]](昭和12年)に[[日中戦争]]が始まったことを受け、翌[[1938年]](昭和13)年には[[国家総動員法]]が制定され、[[戦時体制]]が確立されていったちうわけや。生活必需品である医薬品についても物資統制の例外やのうて、その翌年である[[1939年]](昭和14)年には価格統制が政令により実施され、つづけて[[1941年|1941(昭和16)年]]には戦時統制を目的として'''やまと医薬品生産統制株式会社'''および'''やまと医薬品配給統制株式会社'''が設立され、製薬者はずぅぇえええぇぇええんぶ前者に、薬種商はずぅぇえええぇぇええんぶ後者に所属するもんとされたちうわけや。具体的には、[[厚生省]](当時)の計画に沿って下記のとおり医薬品の流通を統制するもんやった昭和53年8月3日 東京地裁判決 昭和46年(ワ)第6400号ほか 損害賠償請求事件
。
:生産統制会社→(原材料)→製薬者→(医薬品)→生産統制会社→配給統制会社→薬種商→薬剤師→国民
両統制会社は同年[[9月1日]]より業務を開始するっちうこととなる。同年[[12月8日]]の[[真珠湾攻撃]]をきっかけとして戦争が激化していく中、こへんな風に医薬品にかかる戦時統制体制が確立されていく。
[[1943年]](昭和18)には「''薬事衛生ノ適正ヲ期シ国民体力ノ向上ヲ図ル''」ことを目的として'''薬事法'''(昭和18年3月12日法律第48号。旧々薬事法とも)が制定されたちうわけや。従来の医薬品に関する諸法令が同法にまとめられはったほか、医薬品の製造業に許可制を導入するやらなんやら、不良医薬品の取り締まりおよび一層の品質適正化が図られはった昭和53年8月3日 東京地裁判決 昭和46年(ワ)第6400号ほか 損害賠償請求事件
。
もっともっともっともこれによって統制よりどエライ昔には40万種あったとされるやまとの薬品が6,000種程度に統合されて、江戸時代よりどエライ昔からの処方やらなんやらも含めて多数が廃絶し、残されたもんも成分の変更やらなんやらによってまるっきし異質の薬品への変更を余儀なくされたもんも存在したと言われておる。
===終戦および1948年薬事法===
[[1945年]](昭和20)年[[8月15日]]、太平洋戦争の終戦を迎え、[[1947年]](昭和22)年[[5月3日]]に[[やまと国憲法]](昭和21年11月3日憲法)が制定されると、かつての国家総動員法をはじめとして、政府の裁量を広く認めた[[委任立法]]が新憲法と矛盾する事態が多数発生し、これらの見直しが急務とされたちうわけや。
薬事法もその例外やのうて、命令への委任事項を中心に見直しがはかられはったちうわけや。また、戦後の物資不足により粗悪な医薬品が流通しておる事態の打開を図る必要があったちうわけや。ことに[[やまと国憲法第25条]]第2項において、国民の[[生存権]]にかかる国の社会的使命が明示されたことで、戦後の復興にふさわしい薬事法を制定する必要があったちうわけや。
そやから、[[1948年]](昭和23)年に新規の法律として'''薬事法'''(昭和23年7月29日法律第197号。旧薬事法とも)が制定された昭和53年8月3日 東京地裁判決 昭和46年(ワ)第6400号ほか 損害賠償請求事件
。1943年の薬事法における抜け穴やらなんやらが見直されたほか、政府による許可事項は大幅に削減され、医薬品の製造業、流通業等は政府または都道府県知事への登録制になりよったちうわけや。事前に公表された一定の基準を満たす者が登録を申請した場合、無条件で登録されることとなり、政府による恣意的な運用ができへんような制度となりよったちうわけや。これをもって医薬品業は戦時中の統制経済から脱却するっちうこととなりよったちうわけや。
===現行薬事法===
国の政策として「[[国民皆保険]]」を基本とする[[健康保険制度]]を発足させるため、[[1960年]](昭和35)年、現行の'''薬事法'''(昭和35年法律第145号)が施行されたちうわけや。
この改正により、医薬品販売業が下記のとおり細分化されたちうわけや。
;一般販売業:薬剤師が[[処方箋]]をもとに販売するか、[[医師]]が自らの処方で、それぞれ患者に販売するっちうことが許可されておる。
;[[医薬品卸|卸売一般販売業]]:一般販売業の一形態。上記の一般販売業者に対してのみ販売が許可されておる。
;薬種商販売業:1943年薬事法よりどエライ昔の「[[薬種商]]」とは意味が異なる。[[ドラッグストア]]の項目も参照のこと。
;[[配置販売業]]:なんちうか、ようみなはんいわはるとこの'''置き薬'''を設置して、使用数に応じて後払いで代金を支払う業態。同項を参照。
;特例販売業:[[過疎]]やらなんやらの事情により上記の形態による医薬品の供給が困難であるやらなんやらの理由で、特例として[[都道府県]]の[[都道府県知事|知事]]・[[政令指定都市]]の[[市長]]から医薬品販売業の許可を得て販売する業態。
上記のとおり、それまで医薬品販売業の一形態とされて明確な定義がされていへんかった、なんちうか、ようみなはんいわはるとこの'''置き薬'''の販売形態が、この改正により[[配置販売業]]として明確な定義がなされたちうわけや。
なお、この薬事法全面改正を受けて、健康保険制度が翌[[1961年|1961(昭和36)年]]に発足したちうわけや。
===薬事法違憲判決===
{{main|薬事法薬局距離制限規定違憲事件}}
1948年薬事法およびおよび1960年全面改正当時の薬事法において、「厚生省(当時)令上の設置基準を満たしておる」「関係者が薬事法違反やらなんやらで罰せられはったことがあらへん」やらなんやらの基準を満たしていれば都道府県知事から薬局を新設する許可が下りとったちうわけや。[[1963年]]の薬事法小改正で薬局の距離制限規定が設けられ、薬局の新規開設を申請する場所から一定範囲以内に既存の薬局がある場合、都道府県知事は不許可の処分が行えるようになりよったちうわけや。
しかるに、この規定が争点となる行政訴訟([[薬事法薬局距離制限規定違憲事件]])が発生し、最高裁判所まで争われた結果、[[1975年]](昭和50)年4月30日に[[違憲判決]]が言い渡された[http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/B6B75A00313F026149256A85003120E9.pdf 昭和50年4月30日 最高裁大法廷判決 昭和43年(行ツ)第120号 行政処分取消請求事件]
。この判決では、薬局開設許可の際に近隣の既存薬局からの距離制限を求める規定が、[[やまと国憲法第22条|憲法第22条]]が保障する[[営業の自由]]に反すると判示されたちうわけや。
この違憲判決を受けて、距離制限規定は同年7月に削除されたちうわけや。
なお、この判決は[[やまと国憲法]]下において[[尊属殺法定刑違憲事件]]に続く2番目となる法令違憲判決なんやし、2008年現在で8件しかいへん法令違憲判決の1つとして有名なもんであるんや。ほとんどの初学者向け[[憲法学]]解説書でこの判決に関する解説が取り上げられており、初学者はほぼ全員がこれを修めておる。
==平成時代==
1990年代に入り、国の政策として薬事法関連の規制の改革が行われたちうわけや。
=== 医薬部外品の範囲拡張 ===
[[医薬部外品]]については、[[1995年]](平成7年)に承認権が厚生大臣から都道府県知事に委任されたちうわけや。[[1999年|1999年(平成11)年]]には[[栄養ドリンク]]が薬局以外の店舗、例うたら[[コンビニエンスストア]]やらなんやらで取り扱えるようになりよったちうわけや。これらの医薬部外品は、新たに指定されたもんちう意味で「新指定医薬部外品」と呼ばれる。詳細は、[[医薬部外品]]の項目を参照。
[[2004年]](平成16)年には、ビタミン剤やらなんやら多数の医薬品が[[医薬部外品]]へ指定替えとなりよったため、これらも薬局以外で取り扱いができるようになりよったちうわけや。このときに新たに医薬部外品とされたもんは「新範囲医薬部外品」ちう。
=== 化粧品の承認制度廃止、全成分表示制度導入(2001年改正)===
従来は、化粧品種別許可基準に合致せんもんについて厚生労働大臣の承認を要したが、本改正で、消費者への情報開示を目的として「全成分表示」制度が導入されたことにより、原則として承認制度は撤廃され、販売名やらなんやらを届け出るのみとされたちうわけや。化粧品種別許可基準は廃止され、配合禁止成分のリスト(ネガティブリスト)及び防腐剤等の特定成分の配合可能成分のリスト(ポジティブリスト)を掲載した化粧品基準が制定されたちうわけや。
=== 承認・許可制度等に係る大改正(2002年改正・2005年施行) ===
[[2000年代]]に入ると、国際的な整合性、科学技術の進展(バイオゲノム・[[ナノテク]]等)やらなんやらを踏まえた薬事法の構築が必要となり、[[2002年]](平成14年)、次のような改正を柱とする改正薬事法が成立したちうわけや。承認、許可やらなんやら従来の規制の根幹に関わる大改正なんやし、3年の周知期間を設け、施行は[[2005年]](平成17年)[[4月1日]]とされたちうわけや。
====医療機器に係る安全対策の見直し====
メスや[[ピンセット]]等の小物、[[核磁気共鳴画像法|MRI]]等設置工事や保守管理に専門知識が要求される機械、人体に直接触れへん分析機器、家庭で用おる治療器、生物由来の機器・医療材料やらなんやら、多種多様な[[医療機器]](本改正により医療用具から名称が改められはった)が存在する状況を踏まえ、リスクに応じた'''クラス分類制度'''の導入、'''第三者認証制度'''の導入、特性に応じた安全対策の充実等が図られはったちうわけや。
クラス分類は、GHTFルールに遵い、人体等への危険度に応じて、4種類に分類されたちうわけや。すなわち、体内に留置して不具合が生じた場合に生命に危険を及ぼす可能性が高いもんをクラスIV(高度管理医療機器)とし、逆に体に接触せんか、接触時間が短時間のもんやらなんやら危険度の低いもんをクラスⅠ(一般医療機器)として、旧来の分類を再編したさかいあるんや。
クラスII(管理医療機器)のうち、[[厚生労働大臣]]が適合性認証基準を定めた医療機器については、厚生労働大臣の承認やったもんを改め、国の指定する第三者登録認証機関による認証を受けることとした比較的危険度の低いもんの審査を民間に開放するっちうことは、国の総合規制改革における民間開放の方針に沿うもんであるんや。また、独立行政法人[[医薬品医療機器総合機構]]では、より危険度の高い医療機器の承認審査に資源を集中的に投入できるようにするっちうことも目的であるんや。
。高度管理医療機器の販売については、従来は届出制やったが、許可制度を導入し、販売・賃貸の段階での安全性確保を図ったちうわけや。さらに、医療機器の[[治験]]制度を改善し、医薬品の治験同様に[[GCP]]基準の設定やらなんやらを行ったちうわけや。[動物用医薬品、動物用医療機器は、厚生労働大臣やのうて農林水産大臣の所管なんやし、認証制度はへんやらなんやら、人用とは異なる面があるんや。医療機器のクラス分類は動物用のもんが告示されておる。]
====製造販売後の安全対策の充実化、承認・許可制度の改正====
改正前は、医療用具の製造及び輸入を規制し、これらの行為を業として営もうとする者は、業の許可を取得するっちうこととし、医療用具について承認を得ることとしとったちうわけや。本改正ではこの規制の考え方を修正し、市販後の国民の安全を図ることや[[OEM]]製造等企業活動形態の多様化に対応するっちうことを目的として、製造販売ゴチャゴチャゆうとる場合やあれへん、要は市場出荷(上市)を規制するっちうこととしたちうわけや。改正後は、製造販売行為について許可を必要とし、医療機器の製造販売について承認屋認証、届出を求めることとしたちうわけや。製造業は、製造のみを行う業態に特化させ、市場出荷を行う製造販売業と分離したちうわけや。
従来は製造及び輸入について厚生労働大臣の承認を要したが、これを改め、製造段階では承認は不要とし、承認は医療機器を製造販売業者が市場出荷するための要件としたさかいあるんや。従来の輸入販売業は、異国で製造された/製造させた製品をやまと国内で製造販売(上市)させる業態と考えられ、製造販売業にあたるもんとされたちうわけや。この変更に伴い、製造業許可の要件やった[[GMP]] (Good Manufacturing Practice) 及び輸入販売業許可要件やったGMPIは、GMPに統合の上(医療機器については[[QMS省令]])、業許可の要件やのうて製造販売承認の要件とされたちうわけや。
市販後安全管理体制については、[[GPMSP]]から[[GPSP]]、[[GVP]]に分離され、GVP(市販後安全管理基準)は、製造販売業許可の要件とされ、市販後安全管理体制の構築が、業を営む要件としてようわかるように位置づけられはったちうわけや。GVP省令は[[2004年]]に公布されたちうわけや。
以上のように、業態規制及び製品の承認規制が抜本的に改正されることとなりよったちうわけや。
====その他の改正内容====
製造販売業者は、製品の品質について責任を負う体制を整えておることが許可要件とされ、[[2004年]](平成16年)に公布された[[GQP省令]]への適合が許可要件とされたちうわけや。また、総括製造販売責任者の配置が義務付けられはったちうわけや。
医療機器修理業について、従来は製造業の一形態と曖昧な状態で扱われとったが、本改正により修理業許可が設けられはることとなりよったちうわけや。
体外診断用医薬品については、その他の医薬品と比較して人体に直接的な危険を及ぼす可能性が低いことから、一部の承認不要化、承認対象から認証対象への移行やらなんやらが行われたちうわけや。
そのほかに、企業の[[知的財産]]の保護等を目的として、原薬・原材料のマスターファイル制度の導入やらなんやらが行われたちうわけや。
====改正の影響====
元売行為を行ってきた旧来の製造業者、輸入販売業者は、[[補聴器]]やらなんやらの一部の旧類別許可品目やJIS適合品目のみを扱ってきた業者を除き、改正法における製造販売業許可を持っておるもんと看做されることとなりよったちうわけや。これらの事業者は、改正法が施行された2005年4月1日の時点で製造販売業許可を持っておるとみなされたため、同日時点で改正法の要求する許可要件をずぅぇえええぇぇええんぶ充足していなければやったらへんかったが、全事業者がこの日に対応するっちうことはできへんし、改正法施行後に都道府県ではGQP及びGVPの適合性調査を随時実施し、適合状況を確認及び行政指導を実施しておる。
小売業については、従来[[眼科]]医院内で事実上行われてきた[[コンタクトレンズ]](高度管理医療機器)販売について、これができへんことが明確化され、眼科に隣接する敷地等にコンタクトレンズ販売店が開設される事例が相次いや。
そのほか、医療機器では旧GMPが、ISO 13485を参考に制定された[[医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令|QMS省令]]に改められはったちうわけや。これにより、経営陣や品質保証部門やらなんやらの非製造現業部門もQMS省令が係ってくることとなり、事業者は社内体制の見直しを迫られはることとなりよったちうわけや。この省令は一部のクラスI医療機器(一般医療機器)のみを製造する業者を除いて全製造業者に適用される。業界団体等では改正法施行後も、事業者の利便に資するっちうことを目的として、しばしば改正薬事法説明会、QMS説明会やらなんやらを開催しておる。
===医薬品販売の規制緩和(2006年改正)===
[[2009年]]には一部の医薬品について、薬剤師不在でも販売できるように予定されており、このために薬事法改正の立法措置が[[2006年]][[6月8日]]に成立したちうわけや。
治療、診断目的や人や動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすもんで機械器具等やへんと従来はじぇったい医薬品として取り扱われてきたが、体に対する作用が緩和なもんであって厚生労働大臣が指定するもんについては[[医薬部外品]]として取り扱うことができるようになる。
医薬品については、第1類医薬品(スイッチOTC等)、第2類医薬品(かぜ薬等)及び第3類医薬品(ビタミン剤等)に新たに分類されることとなり、第1類医薬品の販売に際しては薬剤師による書面を用いた説明が義務化されることとなりよったちうわけや。第2類医薬品及び第3類医薬品については、薬剤師のみやったらず1年以上の実務経験(高卒者の場合)の者等で都道府県知事の行う試験に合格した[[登録販売者]]が常駐していれば販売するっちうことができるよう緩和される。一方、第1類医薬品及び第2類医薬品について通信販売等が禁止される厚生労働省令が2009年2月6日に公布されたことから、反対論が相次ぎ、同年3月より厚生労働省内の[[医薬品新販売制度の円滑施行に関する検討会]]でこの点については検討中であるんや。
いっぺんに、医薬品販売の許可の業態が、薬局並びに一般販売業、薬種商販売業、配置販売業及び特例販売業が薬局並びに[[店舗販売業]]及び配置販売業に再編される。
その他情報提供の観点から、処方箋に基づく薬剤の販売の際の書面の交付義務化、薬局における情報提供制度及び掲示の義務化、店舗販売業における一定の事項の掲示義務化がなされる。{{節stub}}
==脚注==
==関連項目==
*[[薬事法]]
*[[GQP]]
*[[GVP]]
[[Category:薬事法|*れきし]]
{{DEFAULTSORT:やくしほうのれきし}}
[[Category:やまとの医史]]
[[Category:やまとの制度史]]
{{law-stub}}
{{Pharm-stub}}
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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