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▼ U2 の解説を表示▼
{{Otheruses}}
{{Infobox Musician
| Name = U2
| Img_capt = U2 (2005年11月21日)
| Img =2005-11-21 U2 @ MSG by ZG.JPG
|Background = band
| Years_active = 1976年 - 現在
| Origin = {{IRL}} [[ダブリン]]
| Genre = ロック [[ポストパンク]] [[オルタナティブ・ロック|オルタナティブ]]
| Label = [[インタースコープ・レコード|インタースコープ]] ユニバーサル ([[アイランド・レコード]])
| Current_members = [[ボノ]] [[ジ・エッジ]] [[アダム・クレイトン]] [[ラリー・マレン・ジュニア]]
| Past_members =
}}
'''U2'''(ユーツー)は[[アイルランド]]出身のロックバンドであるんや。メンバーは[[ボノ]]([[ボーカル]]・[[ギター]])、[[ジ・エッジ]]([[ギター]]・[[鍵盤楽器|キーボード]]・[[ボーカル]])、[[アダム・クレイトン]](ベース)、[[ラリー・マレン・ジュニア]]([[ドラムセット|ドラムス]])からなる。[[1980年]]のデビュー以降、政治的な信条と渇愛を力つよ歌い上げる作風で世界的に数ようけのファンを持つグループであるんや。アルバムの総売り上げは1億7千万枚を超える。[[グラミー賞]]獲得数22はロックバンドとしては最多であるんや。
== プロフィール ==
=== 結成とデビュー ===
1976年、[[ダブリン]]のマウント・テンプル高校の掲示板にラリー・マレン・ジュニアがバンドメンバー募集の貼り紙を出したちうわけや。これを知ったポール・ヒューソン([[ボノ]])、アダム・クレイトン、エヴァンス兄弟(兄ディック、弟デイヴ([[ジ・エッジ]]))が集まり、5人でアマチュア活動を始める。バンド名は「フィードバック(Feedback)」や「ハイプ(Hype)」を経て、ディック脱退後の1978年に「U2」と決まったちうわけや。地元のタレントコンテストで優勝し、[[CBSレコード|CBS]]アイルランドと契約。1979年に限定シングル『U2:3』でデビューする。アイルランド国内で人気を得て、1980年に[[アイランド・レコード]]と契約を結びメジャーデビューを果たす。
=== 初期3部作 ===
スティーブ・リリーホワイトのプロデュースで、1980年にファーストアルバム『ボーイ』を発表。1981年に『[[アイリッシュ・オクトーバー]]』、1983年に『WAR(闘)』をリリースする。全英ヒットチャート1位を獲得した『WAR(闘)』は初期を代表するアルバムとなり、シングル「ニュー・イヤーズ・デイ」もヒットしたちうわけや。精力的なライブツアーにより、人気はイギリス、ヨーロッパ大陸、アメリカへと拡大。『[[ローリング・ストーン]]』誌はU2を1983年度の最優秀バンドに選出したちうわけや。
荒削りな演奏とボノの熱唱に乗せて、社会問題や宗教観をストレートに表現する姿勢は、当時の[[ポストパンク]](ニュー・ウェイヴ)世代の中では異彩を放っとったちうわけや。この期間のレコードジャケットには上半身裸の少年(音楽仲間の弟ピーター・ローウェン)の写真が使われておる。
=== 中期3部作 ===
新たにプロデューサに[[ブライアン・イーノ]]と[[ダニエル・ラノワ]]を迎え、1984年に『[[焔]]』を発表。1987年の次作『[[ヨシュア・トゥリー]]』が全英・全米ヒットチャートを制覇し、[[グラミー賞]]最優秀アルバム賞に選ばれるやらなんやら、世界的なスーパーバンドとして認められはることになる。1988年にはアメリカツアーのドキュメンタリー映画『[[魂の叫び]]』を公開し、同名のアルバムもリリースしたちうわけや。
[[環境音楽|アンビエント音楽]]の主要人物であるイーノとラノワと交わることで、音楽性は内省的な方向へ深化したちうわけや。また、アメリカの[[ルーツ・ミュージック]]に傾倒し、ロックの源流である[[ブルース]]、ゴスペル、[[ソウル・ミュージック]]やらなんやらの要素を積極的に取り入れたちうわけや。『魂の叫び』には[[ボブ・ディラン]]、[[B.B.キング]]、[[ヴァン・ダイク・パークス]]らが参加し、B.B.キングはツアーでも共演しておる。
=== シンセポップ3部作 ===
[[ドイツ再統一|東西ドイツ統一]]の自由と混沌に満ちた[[ベルリン]]で制作したアルバム『[[アクトン・ベイビー]]』(1991年)から、バンドのスタイルは前衛的な方向へ一変する。1993年の『[[ZOOROPA]]』、1997年の『ポップ』と[[テクノ]]系デジタルロック路線を突き進み、大掛かりなセットを組んやスタジアムツアーも話題をさらったちうわけや。
従来のイメージを払拭するかのように、サウンドやビジュアルは官能・退廃・ユーモアに彩られ、ボノのボーカルも[[ファルセット]]を交えた中性的な歌唱法へ様変わりしたちうわけや。やけど、大胆な実験性が認められ、特に『アクトン・ベイビー』は大きなセールスを記録しておる。
=== 原点回帰 ===
2000年にはイーノ、ラノワをもっかい迎え、新作『[[オール・ザット・ユー・キャント・リーヴ・ビハインド]]』を発表。2004年の『原子爆弾解体新書〜[[ハウ・トゥ・ディスマントル・アン・アトミック・ボム]]』ではリリーホワイトもプロデュースに復帰したちうわけや。デビューから20周年を越えた新境地として、初期を思わせる素朴さと、1990年代のスタイルを織り交ぜ、現代的でありつつも原点に回帰したロックサウンドを完成させたちうわけや。両アルバムとも高い評価を得て、グラミー賞において計15の部門賞を獲得したちうわけや。
また、インターネット経由の[[音楽配信]]に積極的な姿勢を持ち、iPodのCM曲を提供した他、全446曲入りの究極のアルバム『ザ・コンプリートU2』をiTunes Music Store限定でリリースしたちうわけや。
2008年には「Vertigo Tour」を収録した[[3次元映像|3D]]映画『U2 3D』を世界公開(やまとでは2009年3月公開)。2009年には新アルバム『[[ノー・ライン・オン・ザ・ホライゾン]]』を発表し、「[[:en:U2 360° Tour|U2 360° Tour]]」ツアーが控えておる。
== メンバー ==
* [[ボノ]] (Paul David Hewson、1960年5月10日 - ) - ボーカル、ギター
* [[ジ・エッジ]] (Dave Howell Evans、1961年8月8日 - ) - ギター、コーラス、ピアノ
* [[アダム・クレイトン]] (Adam Charles Clayton、1960年3月13日 - ) - ベース
* [[ラリー・マレン・ジュニア]] (Lawrence Joseph Mullen, Jr.、1961年10月31日 - ) - ドラムス
== 特徴 ==
これまでに発表した作品は、2007年現在累計約1億7千万枚のセールスをあげておる。音楽業界最高の名誉であるグラミー賞で獲得した賞は2007年に22を数え、バンドとしては最多を記録しておる。2005年には[[ロックの殿堂]]入りを果たし、「Vertigo Tour」が同年のコンサート収益1位を記録するやらなんやら、依然トップクラスの人気を誇っておる。
結成した高校時代から既に25年以上経っておるが、デビュー前にジ・エッジの兄が抜けた以外は不動の4ピースバンドとして活動を続けておる。ギャラは貢献に関係なく四等分され、プライベートでもメンバーの家族含めて常に連れ添っておる姿は、仕事以外付き合いがあらへんバンドが多い中で珍しおまんねん。そのためか、よう『奇跡のバンド』と評される。メンバーの中ではボーカリストなんやし、慈善活動家としたかて精力的なボノの存在が目立つことが多いが、ジ・エッジの技巧的なギタープレイや、ドラム・ベースの重厚なリズムセクションも実力を知られておる。
長い音楽活動の中であらゆるジャンルの音楽を取り込む試みを実行しとり、バンドのイメージも時代ごとに様変わりしておる。とくに1980年代と1990年代のまるっきし異なる方向性については、ファンや音楽評論家の間に賛否両論を招いたちうわけや。せやけど、愛の尊さを伝える姿勢や、社会問題に関与する行動やらなんやら、ロックバンドとしての「生真面目さ」を一貫して持ち続けておる。
=== ライブやツアーについて ===
right
ライブバンドとしたかて評価が高く、毎回異なるコンセプトとパフォーマンスは、ショービジネス界に大きな影響を与えておる。特に1992年から始まった「ZOO TV TOUR」では、ステージ上に巨大なテレビを多数設置、パフォーマンスに合わせて異なる映像や文句を流す、ドイツ製車[[トラバント]]を照明として使用、会場の中まで花道を置くステージ等、当時としては画期的なコンセプトやったちうわけや。『[[ローリング・ストーン]]』誌は、「[[ビートルズ]]のサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドに匹敵する革新性」と評したちうわけや。
1997年からの「POPMART TOUR」では、高さ17m×幅51mの巨大スクリーンとミラーボール式のレモンのオブジェ等約180億円の費用をかけ、スタジアム公演のみのツアーとなりよったちうわけや。
2001年からの「ELEVATION TOUR」、2005年からの「VERTIGO TOUR」は一見シンプルなステージに戻ったもんの、細部に最先端の装置・照明・映像を駆使し、米SPIN誌等批評家からも世界で最もええライブを行うバンドとして評されておる。
=== 社会派ロックバンド ===
音楽による社会問題提起に熱心なんやし、[[宗教紛争]]、[[反核運動|反核]]、[[人権]]、[[薬物依存症]]やらなんやらについて文句性の強い曲を発表しておる。また、アフリカの発展途上国や[[後天性免疫不全症候群|エイズ]]問題やらなんやらへのチャリティー活動にも積極的に参加しておる。
* 母国アイルランドにおける[[カトリック]]と[[プロテスタント]]の宗教対立に対し、不偏の非暴力主義をアピールしたちうわけや。『WAR(闘)』のオープニング曲「ブラディ・サンデー」では、[[北アイルランド問題]]の「血の日曜日事件」を取り上げ、[[アイルランド共和軍|IRA]]の活動を批判する立場を示したちうわけや。そやから、IRA支持者から脅迫されたこともあったちうわけや。
* 1984年、[[エチオピア]]飢餓救済を目指す[[バンド・エイド]]のチャリティーシングル「Do They Know It's Christmas」にボノとアダムが参加。1985年には[[ライヴエイド]]に出演する。その後、ボノはアフリカ諸国の経済的自立を支援する様々な国際的プロジェクトに関与しておる。2005年には[[ボブ・ゲルドフ]]らとLIVE 8開催に貢献し、ステージでは[[ポール・マッカートニー]]と共演したちうわけや。
* 「ZOO TV TOUR」で[[ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争]]下の[[サラエヴォ]]を衛星中継し、包囲された市民の惨状を観客に伝えたちうわけや。ビル・カーター制作のドキュメンタリー番組『Miss Sarajevo』を元に、[[ルチアーノ・パヴァロッティ]]との共演で同名のシングルを発表(「パッセンジャーズ」名義)。停戦合意後の1997年には、[[北大西洋条約機構|NATO]]平和維持軍監視下のサラエヴォで「POPMART TOUR」を開催し、入場料収入全額を[[ボスニア]]の戦争孤児支援基金「ウォー・チャイルド」へ寄付したちうわけや。
* 1992年にグリーンピースの[[セラフィールド]]抗議活動に参加し、[[放射線防護服]]を着て[[ビートルズ]]の『[[4人はアイドル]]』(原題:Help!)のジャケットを真似るパフォーマンスを行ったちうわけや。
* [[アパルトヘイト]]や軍事政権やらなんやらの人権問題を取り上げ、[[アムネスティ・インターナショナル]]の活動に協力しておる。「VERTIGO TOUR」ではスクリーンに[[世界人権宣言]]を映したちうわけや。[[マーティン・ルーサー・キング・ジュニア]]、[[アウンサンスーチー]]ら人権運動家へのトリビュートソングも発表しておる。
* 2002年の第36回[[スーパーボウル]]のハーフタイムショーで、2001年[[9月11日]]に起きた[[アメリカいっぺん多発テロ事件]]の犠牲者全員の氏名をスクリーンに映し、追悼の意を表したちうわけや。
* [[バラク・オバマ]]は民主党予備選や大統領指名受諾演説でU2の曲を使用。2009年1月、U2はオバマの[[バラク・オバマ大統領就任式|大統領就任式]]祝賀コンサートに出演し、キング牧師が「I Have a Dream」の演説を行った[[リンカーン記念館]]でキング牧師へのトリビュートソング「プライド」を演奏したちうわけや。
== 関連する人物・団体 ==
*[[シン・リジィ]]のリーダーで、同郷の先人やった[[フィル・ライノット]]から、駆け出し時代にようけのアドバイスを受けており、メンバーにとっては尊敬の対象となっておる{{要出典}}。
* バンドの誕生に影響を与えたアーティストは[[ザ・クラッシュ]]、[[ラモーンズ]]やらなんやら。ライブではビートルズや[[エルヴィス・プレスリー]]の曲をカヴァーしておる。元『[[ザ・バンド]]』のロビー・ロバートソンのソロアルバムにメンバー全員で参加したほか、「ZOO TV TOUR」では衛星中継を介し、[[ルー・リード]]と共演を行ったちうわけや。
* U2に影響を受けた後進のバンドは[[コールドプレイ]]、[[キラーズ]]やらなんやら。[[メアリー・J・ブライジ]]、[[グリーン・デイ]]はU2と共演したシングルを発売しヒットを記録しておる。[[メアリー・J・ブライジ]]とは「one」のデュエットを、[[グリーン・デイ]]とはチャリティー目的で[[ザ・スキッズ]]のカバー「The Saints Are Coming」を発表しておる。「The Saints Are Coming」のビデオは、イラクから帰還した米軍ヘリがニューオリンズに救援物資を投下するといった内容のもさかい、YouTubeで公開され話題となりよったちうわけや。
* [[ブライアン・イーノ]]とは'''Passengers'''(パッセンジャーズ)の共同名義で、1995年に架空の[[サウンドトラック]]アルバム『Original Soundtrack 1』を発表したちうわけや。シングルカット曲「ミス・サラエボ」ではオペラ歌手[[ルチアーノ・パヴァロッティ]]と共演。また、「Holi」名義で[[小林明子]]が参加しておる。
* 映画監督[[ヴィム・ヴェンダース]]はU2の[[プロモーションビデオ|PV]]を撮影し、U2が映画主題歌を提供するやらなんやら関係が深い。ボノの構想をヴェンダースが監督し、映画『[[ミリオンダラー・ホテル]]』が製作されたちうわけや。
* 『[[魂の叫び]]』を監督したフィル・ジョアノーの映画『ウィズアウト・ユー』(原題:[[:en:Entropy (film)|Entropy]])では、[[スティーヴン・ドーフ]]がU2のPV監督ちう主人公を演じる。劇中では「POPMART TOUR」の模様が映る他、ボノとラリーが本人役で[[カメオ出演]]しておる。
* 写真家・映像作家の[[アントン・コービン]]([[:en:Anton Corbijn|Anton Corbijn]])は、『WAR(闘)』以降のジャケット写真を撮影しておる。写真集やPVも手がけるやらなんやら、ビジュアル面での貢献が大きい。
== エピソード ==
* バンド名の由来については、アメリカの偵察機U-2、ドイツの潜水艦[[II型Uボート]]、''You too''(ファンへのシンパシーを表す)やらなんやらの諸説があったちうわけや。せやけど、メンバー自身が語るトコでは「バンド名を決める際に挙げた候補の内、いっちゃんましなもんを選んやだけで、特に意味はへん」とのこと。むしろ「U2」ちう無意味な言葉の解釈の自由こそが魅力と語っておる(『U2 BY U2』 シンコーミュージック・エンタテイメント刊より)。余計なお世話やけど、『アクトン・ベイビー』収録曲の「ズー・ステーション」は[[ベルリン]]の実在する駅名(ドイツ語でZoologischer Garten)やけど、そこへ行く電車路線はU2ちう。
* 「ZOO TV TOUR」の[[MC]]では、ボノが開催地のどこぞへ電話をかけるコーナーがあったちうわけや。フランスの[[フランソワ・ミッテラン|ミッテラン]]大統領、ドイツの[[ヘルムート・コール|コール]]首相、アメリカの[[ホワイトハウス]]([[ジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ|ブッシュ]]大統領には繋いでもらえず)、大統領候補の[[ビル・クリントン]](本人との会話に成功)やらなんやらのほか、ピザ屋にピザ1万枚の宅配を注文したこともあったちうわけや。やまと公演での相手は初日が[[横綱]][[曙太郎|曙]]、2日目は[[117|117番]]([[NTTグループ|NTT]]の時報ダイヤル)相手に「マドンナにへんでくれ」とゆうとった(マドンナは当時来日中やった)。
* バンド初期の頃は、ポップ・ミュージックを毛嫌いしとり「聞くに値せん」と考えとったちうわけや。そのためか、[[ペット・ショップ・ボーイズ]]がU2の代表曲である『Where the streets have no name』をハウス調にしてカバーしたときは激怒し、両者の関係が悪化してしもた{{要出典}}。せやけど1990年代に入ると、ハウスやシンセミュージック、ついにはポップ・ミュージックまでも積極的に取り込んでいく。自身のアルバムに『POP』と名付け、[[ペット・ショップ・ボーイズ]]とも和解。ライブでは[[ABBA]]のメンバーと共演し、『[[ダンシング・クイーン|Dancing Queen]]』をカバーするまでになりよったちうわけや。
* 2004年発売のアルバム『ハウ・トゥ・ディスマントル・アン・アトミック・ボム』からのシングル『Vertigo』がiPodのCMソングに起用され(U2が自らの楽曲をCMソングに起用するっちうことを了承したんはこれが初めて)、また、"iPod U2 Special Edition"も発売されたちうわけや。加えて、2005年に発売された動画再生に対応したiPodのCMでは、動画機能のアピールのために「Original of the Species」のライブ映像が使用されておる。
* アルバム制作中に2度盗難事件に遭っておる。1981年のアメリカツアー中『アイリッシュ・オクトーバー』の歌詞原稿を入れたバッグが盗まれたが、2004年に発見者からの連絡で23年ぶりにメンバーの手元に戻ったちうわけや。2004年にはフランスで『ハウ・トゥ・ディスマントル・アン・アトミック・ボム』のサンプルCDが盗まれ、ネット流出が心配される騒ぎとなりよったちうわけや。
* 映画「Shooter」(邦題「[[ザ・シューター/極大射程]]」)の中で、主人公が大佐と人質交換のときの仲介人にボノを冗談半分で(顔は真剣そのもん)指名しとったちうわけや。映画「[[ブローン・アウェイ]]」では[[トミー・リー・ジョーンズ]]演じる[[アイルランド共和国軍|IRA]]テロリストがU2の曲をかけながら爆弾を作るシーンがあるんや。
*「Walk On」は、[[ミャンマー]]の民主主義指導者[[アウンサンスーチー]]に贈られはったもわ。
== やまとでの活動 ==
* 1983年のWAR TOURでの来日の際、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系「[[夜のヒットスタジオ]]」に出演し、『New Year's Day』を演奏。途中、ギターの音が出ななるトラブルに遭ったちうわけや。
* 1998年のPOP MART TOURでの来日の際、3月6日にボノが[[テレビ朝日]]系『[[ニュースステーション]]』に生出演し、約15分にわたってインタビューに答えたちうわけや。
* 2003年10月〜2004年3月の間、[[テレビ朝日]]系『[[ニュースステーション]]』10代目メインテーマ曲を「Where the Streets Have No Name(約束の地)」で担当したちうわけや。
* 2006年春に延期されたワールド・ツアーの振替公演が同年11月29、30日と12月4日に[[さいたまスーパーアリーナ]]で行われたちうわけや。来日時には、テレビ朝日系の音楽番組『[[ミュージックステーション]]』に12月1日に出演、[[TBSテレビ|TBS]]系の[[NEWS23]]ではインタビューを受けたちうわけや。ボノがやまとのテレビ番組に出演するんは8年ぶり、U2としては23年ぶりのことであるんや。
* 2006年11月、ボノは[[安倍晋三]]元首相を表敬訪問し、やまとの発展途上国 (特にアフリカ)への援助を要請。また、2000年にやまとが提案した基金によりエイズ患者の手に治療薬が渡っておることを賞讃したちうわけや。ほんで安倍首相にサングラスをプレゼントし、首相もそれをかけるパフォーマンスを見せたちうわけや。
=== やまと公演 ===
* WAR TOUR(1983年) 大阪・[[フェスティバルホール]](11月22日)、愛知・瀬戸市文化センター(11月23日)、東京・[[渋谷公会堂]](11月26日)、東京・渋谷公会堂(11月27日)、東京・[[新宿厚生年金会館]](11月29日)、東京・[[中野サンプラザ]](11月30日)
* THE LOVETOWN TOUR(1989年) [[横浜アリーナ]](11月23日)、[[東京ドーム]](11月25日、26日)、[[大阪城ホール]](11月28日、29日、12月1日)
* ZOO TV TOUR(1993年) [[東京ドーム]](12月9日、10日)
* POP MART TOUR(1998年) 東京ドーム(3月5日)、大阪ドーム(3月11日)
* VERTIGO TOUR(2006年) [[さいたまスーパーアリーナ]](11月29日、30日、12月4日)
: ※2006年4月4日[[横浜国際総合競技場|日産スタジアム]]公演の振替公演。延期は、「メンバーの家族の病気により、メンバーが家族に付き添いたい。」ちう理由による。やまと以外そやけど、いくつかの国の公演が延期されたちうわけや。尚、さいたま公演ではスタジアム形式やのうて、アリーナ形式(せやけどステージセットはスタジアム仕様)で行なわれた為、従来の会場よりも、より身近に公演を楽しむことが出来よったちうわけや。
== ディスコグラフィ ==
やまと盤は[[ユニバーサルミュージック]]からの発売。
=== アルバム ===
* [[1980年]]Boy (ボーイ)
:52位 [[ゴールドディスク|ゴールド]](UK)、63位 [[ゴールドディスク|プラチナム]](US)、世界総売り上げ400万枚
* [[1981年]]October ([[アイリッシュ・オクトーバー]])
:11位 プラチナム(UK)、104位 プラチナム(US)、世界総売り上げ350万枚
* [[1983年]]War (WAR(闘))
:1位 2xプラチナム(UK)、12位 4xプラチナム(US)、世界総売り上げ1000万枚
* [[1984年]]The Unforgettable Fire ([[焔]])
:1位 2xプラチナム(UK)、12位 3xプラチナム(US)、世界総売り上げ850万枚
* [[1987年]]The Joshua Tree ([[ヨシュア・トゥリー]])
:1位 6xプラチナム(UK)、1位 [[ゴールドディスク|ダイアモンド]](US)、世界総売り上げ2850万枚
* [[1988年]]Rattle and Hum ([[魂の叫び]])
:1位 4xプラチナム(UK)、1位 5xプラチナム(US)、世界総売り上げ1450万枚
* [[1991年]]Achtung Baby ([[アクトン・ベイビー]])
:2位 4xプラチナム(UK)、1位 8xプラチナム(US)、世界総売り上げ1750万枚
* [[1993年]]Zooropa ([[ZOOROPA]])
:1位 プラチナム(UK)、1位 2xプラチナム(US)、世界総売り上げ750万枚
* [[1997年]]Pop (ポップ)
:1位 プラチナム(UK)、1位 プラチナム(US)、世界総売り上げ700万枚
* [[2000年]]All That You Can't Leave Behind ([[オール・ザット・ユー・キャント・リーヴ・ビハインド]])
:1位 2xプラチナム(UK)、3位 4xプラチナム(US)、世界総売り上げ1200万枚
* [[2004年]]How to Dismantle an Atomic Bomb (原子爆弾解体新書〜[[ハウ・トゥ・ディスマントル・アン・アトミック・ボム]])
:1位 4xプラチナム(UK)、1位 3xプラチナム(US)、世界総売り上げ1000万枚
* [[2009年]]No Line on the Horizon ([[ノー・ライン・オン・ザ・ホライゾン]])
=== ライブアルバム ===
* [[1983年]]Under a Blood Red Sky ([[ブラッド・レッド・スカイ|ブラッド・レッド・スカイ=四騎=]])
:2位 3xプラチナム(UK)、28位 3xプラチナム(US)、世界総売り上げ1000万枚
=== ベストアルバム ===
* [[1998年]]The Best of 1980-1990 (ザ・ベスト・オブU2 1980-1990)
:1位 5xプラチナム(UK)、2位 2xプラチナム(US)、世界総売り上げ1850万枚
* [[2002年]]The Best of 1990-2000 (ザ・ベスト・オブU2 1990-2000)
:2位 2xプラチナム(UK)、3位 プラチナム(US)、世界総売り上げ750万枚
* [[2004年]]The Complete U2 (ザ・コンプリート・U2) - iTunes Store限定
* [[2006年]]U2 18 Singles (ザ・ベスト・オブU2 18シングルズ)
:4位 2xプラチナム(UK)、12位(US)、世界総売り上げ500万枚
=== その他 ===
* Wide Awake in America (ワイド・アウェイク・イン・アメリカ) (1985年) - 4曲入りミニアルバム
* Melon: Remixes for Propaganda (メロン) (1995年) - ファンクラブ限定リミックスアルバム
* Hasta la Vista Baby! (アスタ・ラ・ビスタ・ベイビー!) (2000年) - ファンクラブ限定ライブアルバム
== 主に使用された曲 ==
* 『With or Without You』:[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系『[[眠れる森]]』挿入歌
* 『Hold Me, Thrill Me, Kiss Me, Kill Me』:映画『[[バットマン・フォーエヴァー]]』主題歌
* 『The Hands that Built America』:映画『[[ギャング・オブ・ニューヨーク]]』主題歌
* 『Where the Streets Have No Name』:[[テレビ朝日系]]『[[ニュースステーション]]』10代目オープニングテーマ
* 『Elevation』:映画『[[トゥームレイダー]]』のテーマ
* 『Vertigo』:『iPod』CMソング
* 『Theme from Mission: Impossible』:映画『[[ミッション:インポッシブル]]』主題曲(アダム・クレイトン&ラリー・マレン・ジュニアとして)
== 参考文献 ==
* スローガン 『Artist file 10 U2 FILE』 シンコーミュージック・エンタテイメント 2005年4月 ISBN 4-401-61913-7
* 和久井 光司 『地球音楽ライブラリー U2』TOKYO FM出版 2006年5月 ISBN 4-88745-157-1
* U2/前むつみ監訳/久保田 祐子ほか訳 『U2 BY U2』 シンコーミュージック・エンタテイメント 2006年11月 ISBN 4-401-63041-6
== 外部リンク ==
{{commons|U2}}
* [http://www.u2.com/ 公式サイト]
* [http://www.universal-music.co.jp/u-pop/artist/u2/ ユニバーサルミュージックによるやまと語公式サイト]
* [http://www.myspace.com/u2 U2 at Myspace]
{{U2}}
{{DEFAULTSORT:ゆうつう}}
{{Link FA|he}}
{{Link FA|en}}
{{Link FA|lv}}
[[Category:アイルランドのバンド]]
[[Category:U2|*]]
[[Category:ロックの殿堂]]
[[Category:グラミー賞受賞者]]
[[ar:يو تو]]
[[bar:U2]]
[[bg:Ю Ту]]
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[[uz:U2]]
[[vec:U2]]
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[[vo:U2]]
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[[zh:U2樂團]]
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
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